高知県室戸市 中峯(その4)

  • 2020.02.19 Wednesday
  • 06:41

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、戦後開拓集落 中峯(なかみね)の探索、
クルマの場所に戻って、南側へ向かうピンクリボンのけもの道をたどると、平地や石垣は見られるが中峯分校跡の校舎のガレキは見つからない。
段になっている先を見下ろすとあまちゃづるの畑跡が見える。

 

今度は東側に向かってスギ林の中を歩くと、視界が開け、広い平地にたどり着いた。
何に使われていたのかはわからないが、開拓集落とは係わりがなさそうだ。
平地の端からは、羽根川沿いの中川内の農業用施設が見下ろすことができた。

 

 

 画像1:中峯・ピンクリボンのけもの道をたどり、分校跡を探す

 

 

 画像2:開拓集落とは係わりがなさそうな広い平地

 

 

 画像3:平地の端から、羽根川沿いの中川内の農業用施設が見下ろす

     標高差は300m以上ある。

 

 (2020年1月12日(日)午前11時10分〜11時30分頃)

高知県室戸市 中峯(その3)

  • 2020.02.08 Saturday
  • 07:40

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、戦後開拓集落 中峯(なかみね)の探索、
羽根小学校中峯分校は、へき地等級3級、児童数7名(S.34)、昭和24年開校、昭和38年閉校。
閉校年度(S.37)の児童数は5名だった。
大原さんによると、分校跡はあまちゃづるの施設よりも少し上手にあり、校舎のガレキが残っているという。

 

手元の「地理院地図Web」地形図の写しには、枝道はまったく記されておらず、「等高線が込み入っていない場所ではないか」というぐらいしか見当のつけようがない。

あまちゃづるの施設のひとつ先の枝道に入り、「この辺りかな」という場所にクルマを停めて、先のほうに向かって探索すると、神社もしくは祠へ続く石段が見つかった。
石段を登り切るとそれらしい石の基礎が見られた。
大原さんは「開拓とは係わらず、尾根の上にあったものではないか」と話された。

 

 

 画像1:中峯・スギ林の中に碍子を見つける

 

 

 画像2:はっきりと畝がわかる畑跡

 

 

 画像3:稜線の上の神社もしくは祠に続く石段 

 

 

 画像4:稜線の上の神社もしくは祠

 

 (2020年1月12日(日)午前10時40分〜10時55分頃)

高知県室戸市 中峯(その2)

  • 2020.02.07 Friday
  • 06:01

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、戦後開拓集落 中峯(なかみね)の探索、
やがて集落跡心当たりの道の分岐までたどり着いたので、クルマを下りて枝道を上がっていくと、「あまちゃづる乾燥機」がある建物が見当たった。

 

あまちゃづる(甘茶蔓)はお茶として使われる作物で、すぐそばの畑で栽培されていたようだが、放棄されて久しい様子だった。

 

 

 画像1:中峯・集落跡心当たりの道の分岐までたどり着く

 

 

 画像2:「あまちゃづる乾燥機」がある建物が見当たった

 

 

 画像3:荒涼としたあまちゃづるの畑跡

 

 (2020年1月12日(日)午前10時30分〜10時37分頃)
 

高知県室戸市 中峯(その1)

  • 2020.02.06 Thursday
  • 06:17

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、戦後開拓集落 中峯(なかみね)の探索、
大原さんの1トントラックに乗り換えて、2人で現地(分校跡)を目指したところ、
舗装道から分岐する荒れたダートの入口には、ロープが施されていた。
ただ、鍵がついているわけではないので「何とかなるでしょう」と先へ進むことになった。

 

入口(三差路)から分校跡まではおよそ4劼△襪、荒れたダートなのでレンタカーではまず走れない。
トラックで先へ進めるのはとてもありがたいことだ。

 

 

 画像1:舗装道から分岐する荒れたダートの入口
  ロープはこの50mほど先にあった

 

 

 画像2:ダート入口で停まる1トントラック(その1)
  ロープの脱着は簡単にできた

 

 

 画像3:ダート入口で停まる1トントラック(その2)
  トラックで廃村を目指すのは初めてのことだ

 

 (2020年1月12日(日)午前10時10分頃)

 

高知県室戸市 段(その4)

  • 2020.02.04 Tuesday
  • 04:56

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、営林集落跡 段の探索、
クルマに戻って、地理院地図Webに載っている鳥居の場所を目指そうとしたが、支流沿いの道は見当たらず、ひとつ先の道を入った。
残念ながら支流を渡す術はなく、先の檻からはイノシシと思われる動物の鳴き声がするので、諦めて引き返した。

 

帰り道、「さあ今日も安全第一で行こう 野根営林署」という標示板がある建物を見つけることができ、「この辺で切り上げよう」という気分になった。
雨中の段の探索はおよそ1時間、もちろん誰とも出会わなかった。

 

 

 画像1:段の神社は、支流を渡った先(右方向)にある

 

 

 画像2:集落跡にガス湯沸し器が落ちていた

 

 

 画像3:野根営林署名入り標示板がある建物を見つけた

 

 

 画像4:建物は、作業員の詰所だったことが想像される

 

 (2020年1月12日(日)午前7時35分〜7時40分頃)

 

高知県室戸市 段(その3)

  • 2020.02.03 Monday
  • 06:08

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、
段分校跡想定地にはたくさんの石垣が残っていて、場所の特定はできなかったが、「ここに営林集落があった」ことはよくわかった。

 

石碑が見当たったので確認してみると、碑には「山口芳太郎翁頌徳碑」と刻まれていた。
碑は戦後のもので、地域に貢献した方のようだった。

 

 

 画像1:段集落跡の石垣(その1)

 

 

 画像2:段集落跡の石垣(その2)

 

 

 画像3:石垣と「山口芳太郎翁頌徳碑」

 

 (2020年1月12日(日)午前7時15分〜7時20分頃)

 

高知県室戸市 段(その2)

  • 2020.02.02 Sunday
  • 06:55

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、
佐喜浜小学校段分校は、へき地等級2級、児童数29名(S.34)、昭和12年開校、昭和46年閉校。
閉校年度(S.45)の児童数は1名だった。
分校跡は案内板から1劼曚廟茵橋を2つ渡って川の右岸に回り込んだ場所にある。
とても歩く気分にはなれないので、一つ目の橋を渡ったところまでクルマを走らせた。

 

幸い案内板−一つ目の橋の間は舗装道だったが、目の前をゆっくりシカが横切っていくなどで、安心はできない。

クルマから降りて傘をさして歩くと、二つ目の橋は途中で折れていた。
「さすが段、橋も折れて段になっている」とつまらないシャレが頭をよぎる。
それでも橋は使われているようで、前後の道筋もしっかりしていた。

 

 

 画像1: 一つ目の橋(段橋)から見た佐喜浜川の流れ

 

 

 画像2:二つ目の橋は折れて段になっている

 

 

 画像3:折れた橋だが、歩いて渡れるように補修されていた

 

 (2020年1月12日(日)午前7時5分〜7時10分頃)

 

高知県室戸市 段(その1)

  • 2020.02.01 Saturday
  • 07:55

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、
佐喜浜の民宿「徳増」での起床は未明5時頃。暖かいのはよいが、弱い雨が降っている。
この日最初の目的地 営林集落の廃村 段(だん)に向かって出発したのは、まだ暗い6時頃だった。

 

国道から頼りない県道へと入り、手前の集落 山口に着いても、夜は明けず雨も上がらない。
山口で外灯があってクルマがあるのは1軒のみ。
さすがに心細いので、5分ほどクルマの中で時間待ちをした。
山口−段はおよそ5辧9い舗装道が続いていて、ダートの走行は段の手前1劼曚匹里澆悩僂鵑澄

 

段集落跡到着は午前6時50分。あたりはまだ暗く、案内板をクルマのライトで照らすほどだったが、
5分ぐらいで明るくなってきてくれた。

 

 

 画像1: 段・集落跡に到着したとき、あたりはまだ暗かった

 

 

 画像2:真新しい「段集落あと」の案内板

 

 

 画像3:案内板には段分校の写真が載っていた

 

 (2020年1月12日(日)午前6時50分頃)

 

高知県安芸市 藤内(その2)

  • 2020.01.28 Tuesday
  • 06:44

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索、
2つ目の目標 藤内(とうない)は戦後開拓集落で、跡地は柚子畑になっている。
奈比賀小学校藤内分校は、へき地等級3級、児童数18名(S.34)、昭和29年開校、昭和41年閉校。
閉校年度(S.40)の児童数は5名だった。
「分校はどこにあったのですか」と尋ねたところ、「神社に向かう道の向かって右側、作業所が建っているあたりにあった」と教えていただいた。

 

分校跡地、「作業所は建っているあたり」は、ちょうどクルマを停めた場所だった。
その先には大きめの整った祠があって、さらに先には尾根上にしては大きくて整った神社が建っていた。
Tさんによると、毎年秋に祭礼が行われているとのこと。

藤内から室戸岬を経由すると、この日の宿泊地 佐喜浜までは70劼發△襦
もう少しのんびりしていたかったが、探索は40分ほどで切り上げ、「どこか海辺で夕陽が見れたらいいな」と思いながら先へと急いだ。

 

 

 画像1: 藤内・分校跡には作業場が建っていた

 

 

 画像2: 分校跡の少し先、大きめの整った祠

 

 

 画像3: 開拓以前からのものと思われる大きくて整った神社

 

 (2020年1月11日(土)午後3時10分〜3時40分頃)

 

高知県安芸市 藤内(その1)

  • 2020.01.27 Monday
  • 06:56

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索、
2つ目の目標 藤内(とうない)は戦後開拓集落で、跡地は柚子畑になっている。
安芸市街の外側をかすめて、伊尾木川沿いの県道をさかのぼると、カーナビが示した近道は橋の架け替えで使えなかった。
回り込むはずの県道は、旧奈比賀小学校の手前に時間通行止めの箇所があって、下流部に戻ってさらに回り道をすることになった。
藤内農道の上り口には「通行注意」を促す藤内柚子生産組合の案内板があったが、道は舗装されており、何の問題もなかった。

 

たどり着いた藤内は、尾根の稜線にあって、そこには正藤よりもしっかりした柚子畑が広がっていた。
作業場があってクルマが停まっていたので「誰かに会えないかな」と思っていると、背中の方向にクルマの気配が感じられた。
ご挨拶をして話をすると、この方(Tさん)は柚子畑の仕事で藤内にこられていた。
藤内の柚子畑は開拓集落がなくなってから跡地に作られ、農道もそのとき作られたものとのこと。

 

 

 画像1: 藤内農道・「通行注意」を促す柚子生産組合の案内板

 

 

 画像2: 藤内・尾根上の開拓集落跡、作業場の一角にクルマを停める

 

 

 画像3: 尾根上には柚子畑が広がっている

 

 (2020年1月11日(土)午後2時45分〜3時10分頃)

 

※ 続きは「こちら」

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