「廃村千選」の累計数、1030に変更しました

  • 2017.02.26 Sunday
  • 07:26

先週の日曜日(2/19)、国立環境研究所の方が浦和に来訪され、
冊子「廃村千選」が研究に役立っていることがわかりました。
嬉しいことではありますが、同時に制作責任も感じられたところです。

 

追加、差替えの数も増えてきましたので、
「廃村千選」、本日の更新で、従来の
「差替えにより累計数1000を守る」という考えを取り払い、
当面累計数1030か所として、追加する分があれば増える形に
改めることになりました。

 

従来の、「廃村834か所,高度過疎集落166か所」が
更新により、「廃村837か所,高度過疎集落193か所」となりました。
訪問累計数は4つ増えて「512」になりましたが、
訪問時期をこだわらず、上弥栄(508番目)の後に追加しました。

 

福岡県の全訪問が崩れ、半数(515)を超えるまであと3つ
回る必要が出てきましたが、
やり取りの中で発展するのは、ありがたいことです(^_^;)

 

 

 画像1:石川県 我谷の「水没記念碑」
   昭和37年、我谷ダムの建設により、集落は消滅しました。
   従来、ダムの下流側2kmほどのところに移転地があることから
   数えていませんでしたが、
   この機会にカウントすることにしました(我谷=509番目)。
   訪ねたのは5年前、ブログでも取り上げています。

 

   (2012年6月25日(月) 午後1時頃)

 

 

 画像2:秋田県 南外夏見沢の田園風景
   昭和51年、集落再編成事業により、集団移転がなされました。
   学校跡は集落の下流側1kmほどのところにあり、
   「集落の中にある」とは言い切れないところから
   差替え扱いにしていましたが、
   この機会に再カウントすることにしました(夏見沢=511番目)。
   訪ねたのは2年前、『秋田・廃村の記録』でも取り上げています。

 

   (2015年9月21日(月祝) 午前8時30分頃)
 

2017年2月、月例更新のお知らせ

  • 2017.02.04 Saturday
  • 07:51

昨日(2/3(金))、「HEYANEKOのホームページ」の 
「500か所超えへの道」の旅行記、新潟・富山以北 No.26 
「大規模炭鉱と酪農地帯の廃村を訪ねる」
北海道釧路市雄別、鶴居村暁峰、標茶町上久著呂、新久著呂、阿歴内共和
をアップしました。 
「旅心のページ」トップでは、I No.26 雄別編 と記しています。 

 

北海道、特に道東・釧路はとても広々としていて、
「日本でここにしかない」風景が目白押しです。
振り返ると、
「全国各地を飛び回る体力と気力をキープしなければ」
と思ったりしました。

 

 

 画像1 : 雄別炭鉱病院跡の建物
  (2016年5月28日(土)正午頃)

 

 

 画像2 : 倒れたコンクリの煙突が残る上久著呂小学校跡
  (2016年5月28日(土)午後2時30分頃)

 

 

 画像3 : 阿歴内共和・牧草地となった阿歴内第三小学校跡
  (2016年5月28日(土)午後5時頃)
 

2017年1月、月例更新のお知らせ

  • 2017.01.04 Wednesday
  • 07:51

昨日(1/3(火))、「HEYANEKOのホームページ」の
「500か所超えへの道」の旅行記、岐阜・石川以南 No.26 
「申年の 旅の始めは四国まで(2)」
徳島県三好市山風呂 をアップしました。

「旅心のページ」トップでは、II No.26 徳島山風呂編 と記しています。

 

ほぼ1年前、申年の旅の始めのレポートです。
前日の高知県上岡とともに、訪ね甲斐がある廃村でした。
酉年の廃村はじめは、どこになるでしょうか。
今年も全国各地の廃村をたずね、記録をまとめていきたいと思います。

 

 

 画像1 : 山風呂分校跡の校舎

 

 

 画像2 : 今にも崩れそうな草屋根の家屋

 

 (2016年1月10日(土)午前11時〜午後1時頃) 

2016年12月、月例更新のお知らせ

  • 2016.12.01 Thursday
  • 07:16

本日(12/1(木))、「HEYANEKOのホームページ」の 
「500か所超えへの道」の旅行記、新潟・富山以北 No.25 
「秋の田んぼに実りあり(2)」 
秋田県藤里町大野岱、奥小比内、太良、名不知、
北秋田市桐内沢、露熊、鍵ノ滝、上小阿仁村大錠、折渡、
大館市合津をアップしました。 
「旅心のページ」トップでは、I No.25 秋の田んぼ(2)と記しています。 

 

市販本『秋田・廃村の記録』が完成から1か月少し、 
県北の「学校跡を有する廃村」10か所のレポートを公開します。 
うち初訪は3か所、再訪は7か所。県南と比べると再訪が多くなっています。
10か所中、校舎が残る廃校は(辛うじて)1校、記念碑がある廃校は2校でした。 
掲載しなかった2か所を入れると、記念碑がある廃校は4校で、
すべて上小阿仁村です。

 

 
 画像1 : 奥小比内・笹が生い茂る平地となった分校跡 

 

 (2015年10月10日(土)午前9時40分頃) 

 

 

 画像2 : 名不知・笹籔の中に見つかった回旋塔 

 

 (2015年10月10日(土)午前2時15分頃) 

 

 

 画像3 : 折渡・石柱と木柱が並ぶ分校跡

 

 (2015年11月 2日(月)午前11時20分頃)

2016年11月、月例更新のお知らせ

  • 2016.11.02 Wednesday
  • 07:15

本日(11/2(水))、「HEYANEKOのホームページ」の 
「500か所超えへの道」の旅行記、新潟・富山以北 No.24
「秋の田んぼに実りあり(1)」
秋田県湯沢市雨沼、横手市夏見沢、湯沢市蓮花台、
由利本荘市水無、手代沢、袖川、十二ヶ沢、軽井沢、金山、美郷町湯田
をアップしました。
「旅心のページ」トップでは、I No.24 秋の田んぼ(1)と記しています。 

 

市販本『秋田・廃村の記録』が完成したので、
県南の「学校跡を有する廃村」10か所のレポートを公開します。
研究・調査の一環なので、通常のレポートとは違う形式にしました。
10か所中、校舎が残る廃校はゼロ、記念碑がある廃校は1校でした。

 

 

 画像1 : 雨沼冬季分校跡 建物の瓦礫

 

 (2015年 9月20日(日)午後12時45分頃)

 

 

 画像2 : 蓮花台分校 跡地の碑

 

 (2015年 9月22日(火祝)午前7時50分頃)

 

 

 画像3 : 十二ヶ沢分校跡地

 

 (2015年 9月23日(水祝)午前8時15分頃)

2016年10月、月例更新のお知らせ

  • 2016.10.04 Tuesday
  • 06:40

3日前(10/1(土))、「HEYANEKOのホームページ」の 
「500か所超えへの道」の旅行記、岐阜・石川以南 No.25 
「申年の 旅の始めは四国まで(1)」〜 高知県香美市上岡
をアップしました。 
「旅心のページ」トップでは、II No.25 高知上岡編と記しています。 

 

2016年分、初めてのアップです。
だいぶ仕掛りレポートがたまっていますが、
無事「500か所超え」を達成したこともあり、
しばらくの間、フィールドワークを減らす方向で進める予定なので
更新は月イチのペースでのんびりいこうと思います。

 

 

 画像1 : 上岡分校跡の校舎

 

 

 画像2 : 校舎に沿って建つ小さな学校跡地の碑

 

 

 画像3 : 車道は通じていない尾根上に見つかった廃車の軽トラ

 

 (2016年1月10日(日)午後2時〜3時頃)


 

2016年9月、月例更新のお知らせ

  • 2016.09.03 Saturday
  • 08:25

昨日(9/2(金))、「HEYANEKOのホームページ」の 
「500か所超えへの道」の旅行記、岐阜・石川以南 No.24 
「未年 旅の終わりは若狭路へ」〜 福井県おおい町出合 2015年11月 
をアップしました。 
「旅心のページ」トップでは、No.24 若狭編と記しています。 

 

父が亡くなってから、初めて単独で出かけた廃村です。
2015年11月は、私の今の職場勤続25周年の月で、
表彰とお悔やみが重なりました。
まだ10か月ほど前のことですが、ずいぶん前のことのように思えます。
時間の流れは、時々いびつになるもののようです。


 

 画像1 : 会社からの御霊前と御祝
  確か柿もどこからかのいただき物だったはずです。
  季節感があってよいですね。

 

 (2015年11月5日(木)午前7時頃) 


 

 画像2 : 大阪駅前で見かけた天保山行きバス
  昭和の頃のカラーリングが目を引きました。
  行先が電光表示になっているのは、今らしいです。

 

 (2015年11月16日(月)午前7時47分頃) 

 

 

 画像3 : 出合分校跡入口の小屋
  小屋は車道沿いに建っていて、横の坂を上がると分校跡です。
  出合集落跡でも柿が実っていたことを思い出しました。

 

 (同 午前11時40分頃)
 

2016年8月、月例更新のお知らせ

  • 2016.08.04 Thursday
  • 07:31

昨日(8/3(水))、「HEYANEKOのホームページ」の
「500か所超えへの道」の旅行記、岐阜・石川以南 No.23
「まちのり自転車で 山の廃村を訪ねる」 〜 石川県金沢市堂,菊水
をアップしました。
 「旅心のページ」トップでは、No.23 金沢編と記しています。

 

一昨日(8/2(火))訪ねた滋賀県高島市北生見と同じく、
レンタサイクルで出かけています。

 

500か所超えへの道の旅では、全部で6回レンタサイクルを使っているようです。

 

 ・北No. 1 新潟県五泉市上杉川,門原,仙見谷 2012年8月 
 ・南No.12 岐阜県揖斐川町谷山  2014年 3月
 ・北No.13 福島県金山町三条,山中 2014年8月 
 ・南No.23 石川県金沢市堂,菊水  2015年 9月

 ・南No.27 兵庫県朝来市上生野  2016年 6月

 ・南No.29 滋賀県高島市北生見  2016年 8月

 

金沢駅から堂を経て菊水までの距離は22km。
金沢駅の標高は10mに対し,菊水の標高(学校跡)は295m。
往復44劼瞭擦里蠅良弦盧垢285m。
「5時間で走ることができるかな」と心配しながらの出発でしたが、
往路3時間、復路1時間40分で走ることができました。
菊水の現地探索時間は35分でした。

 

 

 画像1 : 金沢駅高架下で借りたまちのり自転車
  わかりにくい場所にある金沢駅Bサイクルポートだったが、
  利用可能台数は1台だった。

 

 (2015年 9月26日(土)午前10時30分頃)

 

 

 画像2 : 繁華街の一角にある片町サイクルポート
  R.157 香林坊交差点そばの路地にあるサイクルポートに立ち寄ると、
  利用可能台数は数台あった。

 

 (同 午前10時45分頃)

 

 

 画像3 : 菊水分校跡の碑
  碑の裏面には「平成10年7月建立 菊水郷友会」と刻まれていた。
  菊水町は、内川ダムの建設によって、昭和47年閉町となった。

 

 (同 午後 2時30分頃)

廃村をゆく2 〜 非日常に魅せられて

  • 2016.07.13 Wednesday
  • 07:19

先の日曜日(7/10)、Webに更新すべきネタがたまってきたので、
3本新規にアップしました。

「「コミックマーケット90」に出展します!」
http://www.din.or.jp/~heyaneko/comike90.html

「市販本「廃村をゆく2 〜 往時の面影を求めて」のご案内」
http://www.din.or.jp/~heyaneko/haisonwoyuku2.html

「廃村をゆく2 〜 非日常に魅せられて」
http://www.din.or.jp/~heyaneko/haison_6.html

コミケはこのところ当選確率が高く、コミケ85から6回連続の出展となります。
新刊なしも3回連続です・・・(^^)
今回は、現地で頒布することはできないと思いますが、
「廃村をゆく2」の見本とチラシを持っていって、
新刊の代わりという扱いにしましょうか(^_^;)

市販本のご案内を、私家版のご案内と同じようにまとめると、
>表紙+カラー本文100ページ
>全国の大型書店で取り扱っています。
>また、全国の書店で注文することができます。
といった、
「廃村と過疎の風景」ではありえないことが実現できたということが
浮かび上がってきて、
また、「廃村と過疎の風景」のご案内の見直しをする
きっかけとしてもよかったです。

「廃村をゆく2」は、サブカルチャーというムック本のジャンルに、
民俗学や過疎問題といった真面目な内容を盛り込んでいるので、
読者の満足度はかたよりが大きくなるような感じがしてきました。
しかしそれは、内容の良し悪しではなく好みの問題なので、
求められる読者層にうまく浸透させたいところです。

「廃村をゆく2 〜 非日常に魅せられて」は、
「秋田魁新報」朝刊 秋田ゆかりの本欄(2016年7月3日)の記事を
Web版にしたものです。
「なぜ、このテーマにこれほど熱中できるのか」
は、単独執筆ならでは出てくる興味ではないかと思うところです。



画像1:「秋田魁新報」朝刊 2016年7月3日(日)一面
バングラデシュのテロの報道の日だったんですね。



画像2:「秋田魁新報」朝刊 秋田ゆかりの本欄
誌面の16面で、いろいろな本の話題の中に載っていました。

(2016年 7月13日(水)午前6時50分頃)

 

「廃村(9)」、「廃村(10)」の本文を「である調」に変換しました

  • 2016.07.04 Monday
  • 19:26

日曜日(7/3)、Webの更新で
「廃村と過疎の風景(9)」、「廃村と過疎の風景(10)」の本文の

 

「ですます調」から「である調」への変換が完了しました。

平成27年5月以降の紀行文は「である調」に換えていたのですが、
「統一したほうがよい」と判断しました。

 

変換したのは、(9)と(10)、それぞれ19か所で、計38か所。
骨が折れる作業でしたが、前後関係をひと通り見直すことができ、
全般に落ち着いたと思います。

 

画像は、平成26年11月に訪ねた富山市(旧山田村)の高清水(こうしみず)集落跡の風景です。
この旅行記((9)のNo.15)が最後まで「ですます調」で残りました。

 

 

 (2014年11月7日(金)正午頃)

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