徳島県三好市(旧東祖谷山村) 谷道(その2)

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    平成29年8月下旬、日帰り旅で行けなかった徳島県の営林集落の廃村 谷道(たにみち)だが、
    年内にリベンジの旅に出かけたくなった。
    標高1000m超という場所柄、「早いほうがよい」と判断し、10月中旬の大阪行きに併せる形で計画を練った。
    そのうちに旅の計画は、日帰りから1泊2日へと変わり、
    近くの農山村の未訪廃村 杖立(つえたて)、樫山(かしやま)も併せて訪ねて、
    徳島県12か所の「廃村千選」のポイント全訪につなげようと発展した。

     

    10月10日(火)、大阪・堺の実家での起床は朝5時半頃。
    前日は父の三回忌で妻も一緒だったが、徳島には単独で出かけた。
    新大阪発朝7時53分のみずほに乗って、岡山で特急「南風」に乗り換えて、阿波池田に着いたのは10時19分。
    多くの外国人観光客の方々を横目に、レンタカーの手続きを行った。

     

    R.32を祖谷口で折れた県道(32号山城東祖谷山線)は祖谷渓沿いの狭い道で、
    ふと「対向車を恐れずにこの幅の道を走ることができるようになったのはいつ頃からなんだろう」と思った。
    それでも、向こうから材木を載せたトラックが来ると、ゾクっと来ることには変わりはない。
    旧東祖谷山村中心部で1月半ぶりに酷道ヨサク(R.439)に合流し、
    12時20分頃、谷道入口(祖谷山林道への分岐、阿波池田から48辧砲謀着した。

     

     

     画像1 阿波池田駅、多くの外国人観光客で賑わっている

     

     

     画像2 とても深い祖谷渓(旧池田町祖谷渓温泉近辺)

     

     
     画像3 谷道入口,前が祖谷山林道,右が高知県,後が旧東祖谷山村中心部 

        当日は暖かな良い天気で、谷道リベンジには最適だった。

     

      (平成29年10月10日(火) 午前10時20分〜12時20分頃)
     


    徳島県三好市(旧東祖谷山村) 谷道

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      平成29年8月26日(土)、徳島県の廃村探索、
      もうひとつの目標 営林集落跡 谷道(たにみち)は、
      ヨサクから祖谷山林道に入って6kmほどの場所にある。

       

      谷道入口(ヨサクから林道への分岐点)到着は予定通りの午後3時5分。
      「4WDに切り替えますか」と武部さんが備えてまもなく、
      林道の真ん中に「1.5km先 路肩崩壊のため 全面通行止」という案内板があって、
      谷道行きはあえなく断念となった。

      「往復3劼覆…」といって、武部さんと一緒に歩いて訪ねた路肩崩壊箇所では
      工事が進められていて、工事の方は「あと3日で完了する」と話された。

       

      谷道にたどり着けなかったのは残念だが、

      リベンジを果たせたときの喜びはひとしおであろう。
      かずら橋の駐車場で土産を買ってから土讃線大歩危駅まで送っていただき、
      武部さんと分かれたのは夕方5時50分。
      大歩危からは特急「南風」とのぞみを乗り継ぎ、大阪・堺の実家を目指した。

       

       

       画像1 谷道入口・全面通行止の案内板に行く手を阻まれる

       

       

       画像2 祖谷山林道で見かけた「警笛鳴らせ」の交通標識
       
        (平成29年8月26日(土)午後3時〜4時頃)

       

       

       画像3 大歩危駅の駅名標
          四国への現地ゼロ泊の旅は、1月の愛媛に続いて2回目。
          できれば1泊ぐらいはしたいところだが、
          ゼロ泊だから、スキマ時間に旅をねじ込めるという側面もある。

       

        (同 午後6時頃)
       


      徳島県三好市(旧東祖谷山村) 深渕(その4)

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        平成29年8月26日(土)、徳島県の廃村探索、
        深渕(みぶち)集落内、最奥のヒチザオトシでは小さな畑があって、
        農作業をする方(Fさん、70代ぐらいの男性)の姿があったので、
        ご挨拶をして深渕についてお話をうかがった。

         

        Fさんからは、
        「深渕(アサギノ)には通年で暮らす方が2戸あって、冬には1mを超す雪が積もることもある」、
        「大神社は広い範囲を祀る神社で、深渕の鎮守様 愛宕神社は、萱ノ窪から山へと入った場所にある」、
        「県道沿いにあるのは公民館跡で、児童が1名になってから分校として使われた」、
        「元の分校はアサギノにあるが、今は更地になっている」、
        「営林が盛んな頃は作業員が住込みで入っていた」
        など、興味深い話をうかがえた。

         

        車道では四国一の標高(1520m)を誇る落合峠でおにぎりを食べて、
        つづら折りの道を落合(標高560m)まで下ると、酷道ヨサク(R.439)に合流。
        しかし、深渕を訪ね、落合峠を越えてきた廃村探索目線では、

        ヨサクは観光の匂いがあるおだやかな道のように思えた。

         

         

         画像1 深渕(ヒチザオトシ)、作業員の宿舎跡
            山深くではあるが、人の出入りがある集落なのだろう。

         

         

         画像2 車道では四国一の標高を誇る落合峠
            夏休み最後の週末だが、峠には他に誰もいなかった。
         
          (平成29年8月26日(土)午後1時〜2時頃)


        徳島県三好市(旧東祖谷山村) 深渕(その3)

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          平成29年8月26日(土)、徳島県の廃村探索、
          深渕(みぶち)集落内、県道44号線(三加茂東祖谷山線)を南へ進むと、
          分校跡の建物が見えてきた。

           

          落合小学校深渕分校は、へき地等級4級、児童数10名(S.34)、
          明治34年開校、昭和49年閉校。
          昭和45年度からの4年間の児童数は1名。

          分校はアサギノにあり、おきのくにさん(島根県在住の友人)から
          「小さな木造校舎が残っている」という情報を教わっていた。
          どんな感じが楽しみにしていたが、それらしき建物は県道沿いにあって、
          車窓から何の苦も無く視界に入った。

           

          アサギノには住まれている様子の家屋が2軒あったが、
          「どうしようかな」と思って考えていると雨がパラついたので、
          先に進むことにした。

           

           

           画像1 深渕分校跡の建物(その1)
              なかなか見つからないのはたいへんだが、
              あまりあっさり見つかるのも味気ない。

           

           

           画像2 深渕分校跡の建物(その2)
              入口には施錠がなされていた。
              入口真上にハチの巣があったので、早々退散する。

           

           

           画像3 深渕分校跡の建物(その3)
              裏から見ると、その存在感は薄い。

              屋根が低いためなのだろうか。
           
            (平成29年8月26日(土)12時50分〜午後1時頃)

           


          徳島県三好市(旧東祖谷山村) 深渕(その2)

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            平成29年8月26日(土)、徳島県の廃村探索、
            高度過疎集落 深渕(みぶち)集落は3つに大きく分かれている。
            東祖谷局郵便区全図(S.48.7)には、
            川下方向から萱ノ窪(3戸)、アサギノ(3戸)、ヒチザオトシ(5戸、計11戸)と記されている。
            住宅地図で確認した深渕の戸数は4戸(H.19)だった。

             

            クルマを停めて探索すると、整った神社があって、鳥居の扁額には「大神社」と刻まれていた。
            無住になって久しい様子の家屋が2軒あって、うち1軒には洗濯物が干されていた。
            同じような光景を見たことがある私は
            「使っていることを示すためのものだと思うんだけど…」と武部さんに話した。

             

             

             画像1 深渕 萱ノ窪・ブロック塀の中に建つ大神社の鳥居

             

             

             画像2 洗濯物が干されていた無住になって久しい様子の家屋

             

             

             画像3 奥の無住になって久しい様子の家屋

             
              (平成29年8月26日(土)12時30分〜45分頃)

             


            徳島県三好市(旧東祖谷山村) 深渕(その1)

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              平成29年8月26日(土)、徳島県の廃村探索、
              深渕(みぶち、標高925m)は松尾川の最上流部にあるが、川沿いに車道はない。
              旧三加茂町中心部(標高70m)と深渕の間にある桟敷峠は標高1026mの高所にある。
              県道44号線(三加茂東祖谷山線)は細くてくねっており、
              前からトラックが来たら胆が冷える。

               

              桟敷峠は切通しになっており、越えるとすぐに営林関係の作業小屋が建っていたので、
              確認すると、まといリス入りの森林国営保険の丸看板が貼られていた。

              先に進むと右手に松尾川ダム湖が見えてきて、
              ほどなく「剣山国定公園 深渕」という案内板や案内地図、道標が建つ深渕に到着した。

               

               

               画像1 桟敷峠そばの営林関係の作業小屋

               

               

               画像2 まといリス入りの森林国営保険の丸看板

               

               

               画像3 「剣山国定公園 深渕」という案内板が建つ深渕に到着

                  ブロック塀のコケなど、全般に緑っぽい感じがするが、
                  8月下旬という季節ならではなのかもしれない。

               

                (平成29年8月26日(土)12時15分〜30分頃)


              徳島空港−徳島駅−阿波加茂駅

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                平成29年8月26日(土)、徳島県の廃村探索。
                起床は未明4時頃。この年の8月の東日本(関東、東北の太平洋側)は、記録的な雨降り・冷夏に見舞われたが、
                この日の朝の浦和は曇、ただし暑くはない。

                 

                羽田発7時5分のJAL便の徳島空港着は5分遅れの8時20分。
                「5分遅れになるのかな」と思ってバスの座席に座っていたら、出発時間は12分遅れの8時37分になり、
                徳島駅到着は9時6分。
                早足でバスを降り、改札に向かうと、案の定9時3分発の特急「剣山」は出た後だった。

                 

                徳島駅発9時50分の1両編成普通気動車が阿波加茂駅に到着したのは11時33分。
                3時間で行けるはずの羽田から阿波加茂駅までは4時間30分かかった。
                武部さんをお待たせしたのは申し訳なかった。
                阿波加茂駅は旧三加茂町(現東みよし町)の中心部にあって特急も停まるが、静かな無人駅だった。

                 

                 

                 画像1:徳島空港で見かけた阿波踊りのイメージ銅像

                 

                  (平成29年8月26日(土)午前8時25分頃)

                 

                 

                 画像2:徳島駅、電車は走っていないが規模は大きい

                 

                  (同 午前9時20分頃)

                 

                 

                 画像3:阿波加茂駅に停まる徳島線の1両編成普通気動車

                 

                  (同 午前11時35分頃)
                 


                「コミックマーケット93」に出展します!

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                  「廃村と過疎の風景」第1集〜第9集、出展します(^_^;)

                   

                  ●日時 2017年12月31日(日)10時〜16時

                  ●場所 東京ビックサイト(東2ホール“Q”ブロック−10a)
                  サークル名:HEYANEKO

                   

                  *「コミケ93」(3日間開催)の3日目です。
                  *出展するブロックのジャンルは、鉄道・旅行・メカミリです。
                  *出展者数(3日間)は32,000サークルです。

                   

                  2016年12月の 「コミケ91」以来、1年ぶりの同人誌即売会出展です。
                  3年ぶりの私家版の新刊、
                  冊子「廃村と過疎の風景」第9集(廃校廃村を訪ねて機粉愿譟法砲鮟佚犬靴泙后

                   

                  大晦日の出展となるのですが、興味をおもちの方、コミケに出かける予定がある方は、
                  是非お立ち寄りください。

                   

                   

                  画像は、富山県南砺市の端ポールが残る、廃村 梨谷の分校跡です。

                  (2017年11月3日(金祝)撮影)
                   


                  出来島

                  0

                    平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 
                    七里長浜広域農道を走り,34年ぶりにたどり着いた出来島では,
                    台風の影響で荒れた日本海を見ることができた。

                     

                    つがる市木造出来島は、182戸487名(H.23)だから、
                    まずまず大きい集落だが、
                    七里長浜沿いには他に集落がないため、
                    34年前(昭和58年)、目指していったのだろう。

                     

                    出来島からは,カーナビに頼って岩木山麓の県道(31号弘前鯵ケ沢線)を走り,
                    弘前駅には夕方5時30分頃に帰着した。

                     

                     

                     画像1 弘南バス、出来島バス停

                     

                     

                     画像2 出来島海岸、荒れた日本海

                     

                     

                     画像3 出来島、内陸の沼で見た虹

                     

                      (平成29年9月18日(月祝)午後4時〜4時15分頃)
                     


                    平滝村廃村跡

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                      平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 
                      母沢からは十三湖の周囲を時計と反対回りに走って,
                      昭和58年3月の初めての東北の旅以来となる日本海に沿った漁村 旧市浦村十三、
                      旧木造町出来島へ足を運んだ。

                       

                      「どんな感じかな」と思った34年ぶりの十三は、なぜか平凡な集落に見えた。
                      レンタカーなので、「いつかは走ってみたい」と思っていた
                      七里長浜の奥に並行する広域農道を走ることができた。

                       

                      途中、平滝沼付近に「平滝村廃村跡」という案内板が見られたので、
                      クルマを停めて様子を見てみた。
                      案内板によると、平滝は享保10年(1725年)に廃村となったらしい。
                      私が訪ねた廃村の中では、ダントツの古さかもしれない。

                       

                       

                       画像1 七里長浜広域農道(平滝沼付近)
                          青空のもとだが、雨が降ったりやんだりで路面は濡れている。
                          十字路を東側に行けば、縄文遮光器土偶が出土した亀ヶ岡がある。

                       

                       

                       画像2 平滝沼のマツ林(遠景)
                          マツ林は防風林で、その向こうに平滝沼、
                          さらに向こうに日本海が広がっている。

                       

                       

                       画像3 「平滝村廃村跡」の案内板
                          案内板の後ろには、「往時は庭木だった」という大きなマツがある。
                          西風の強さからか、広域農道沿いはほとんど集落は見られない。

                       

                        (平成29年9月18日(月祝)午後3時50分頃)

                       


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