福井県大野市(旧和泉村) 久沢

  • 2012.12.27 Thursday
  • 07:06

●8 久沢(くざわ)
 福井県大野市(旧和泉村) 【初訪】


平成23年夏、北陸方面6泊7日ツーリング、
7月26日(火、旅2日目)午後4時25分頃


県道大谷秋生大野線の伊勢橋の脇から分岐するダートを走って4辧
大谷・伊勢など県道沿いの旧上穴馬村の廃村は4回目ですが、枝道の久沢は初めてです。



久沢の分校跡には、雨量観測の施設が建っていました。
大和小学校久沢分校は、へき地等級3級、児童数33名(S.34)、昭和41年3月閉校。
離村年は、その前年(昭和40年)、おそらく秋ではないかと思われます。





雨量観測の開始は昭和43年6月。離村3年後から稼働している様子です。
この11月に行った、滋賀県東近江市大萩の分校跡にも、雨量観測の施設が建っていました。



久沢の離村記念碑「ふる里之碑」は、赤御影石でできていました。
裏面には、昭和58年5月建立と記されていました。離村18年目に建った碑の様子です。



表面に記されていた碑文を、以下、まとめます。


 この附近は、往年久沢部落が存在せし地なり。
 祖先は、平家の落人と語り継がれ、その墓も平家岳の麓に、遺跡として
 安置されしが、心なき人のために行方船いとなり、現存せず。
 九頭竜ダム建設により、昭和40年、末裔一同は各地に分散移住し、
 今はこの地に姿なし。
 望郷の念やみがたく、在りし日の日の来強を偲び、記念碑を建立、
 後世に伝えるものなり。


記念碑のそばを探索すると、古びた作業小屋、往時の石垣、風呂釜、
屋敷跡の碑などが見出されました。
タイル貼りの浴槽、近頃すっかり見られなくなりましたね。



屋敷跡の碑の表面には「南無阿弥陀仏」と刻まれていました。
側面には、屋敷跡との記述がありましたが、墓石といったほうが似合うつくりです。
屋敷跡の碑の建立は、離村記念碑と同じく昭和58年5月でした。



旧上穴馬村の廃校廃村は、東市布、下半原、大谷、伊勢、荷暮、久沢の6集落。
最後までたどり着けてなった久沢には、行止まりの場所ならではの
穏やかな廃村の風景が広がっていました。

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