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島根の廃村に行ってきました

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    7月10日(月)、土日出勤(大阪出張)の振替休日 
    島根の廃村に行ってきました。
    梅雨時で、天候が心配されましたが、おおむね晴のよい天気でした。
     
    訪ねた廃校廃村は、安来市(旧広瀬町)坊床(ぼうとこ)です。
    戦後開拓の廃村で、
    「比田局 郵便局全図」(S.35.6)には文マークと19戸が記されています。
     
    ざっくりいって、島根滞在は13時間ほど。
    旅は三江線に乗ったり、木次線の小さな駅をめぐったり、サンライズ出雲で帰ったりで、
    廃村1:鉄道9という感じでした。
    坊床の探索はおよそ1時間。
    牛舎など、放牧場跡の施設の廃墟が印象的でした。

     

     

     画像1:三江線、車窓の風景
         (川平−千金間)
       三次の駅前旅館に泊まって、朝いちばんのディーゼルカーに乗ったのですが、
       結構な数の鉄道マニア(私を入れて14名)が居るのに対して、
       地域の方の姿はゼロ(三次−口羽間)。
       江の川と寄り沿ってゆっくり走る車窓の風景は印象に残るものでしたが、
       「廃止はやむなし」と思いました。

     

      (平成29年7月10日(月)午前9時20分頃)

     

     

     画像2:坊床、分校跡周辺の風景
         (看板は分校跡そばの三差路にあったもの)
       東比田小学校坊床分校は、へき地等級不明、児童数9名(S.37)、
       昭和37年開校、昭和46年閉校。
       S.35の郵便区全図に文マークがあるのは、冬季分校が置かれていたのでしょうか。
       開拓時期は昭和21年度(20戸入植)、S.24までに25戸が入植しています。
       離村時期は、分校の閉校年(昭和46年)頃と思われます。
       集落跡は、近年まで放牧場として使われていましたが、
       訪ねたところ、放牧場も跡地となっていました。
       分校跡周辺は森になっており、
       「昭和46年まで分校があった」とは思えない風景が広がっていました。

     

      (同 午後2時10分頃)

     

     

     画像3:サンライズ出雲、A寝台の車窓から見たサンライズ
         (興津−由比間)
       ブルートレインが栄えていた頃は、効率よく移動する手段として
       ビジネスでよく使われていたそうです。
       廃村探索がからんていますが、出張での利用で、東京駅から直接出勤したので、
       ある意味寝台車の伝統的な乗り方とも言えます(^_^;)。
       初めてA寝台を使ったのですが、乗り心地はよく、6時間ぐらい眠ることができたので、
       強行軍ではなく健全に仕事をすることができました。

     

      (平成29年7月11日(火)午前5時頃)
     


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      • 2017.11.23 Thursday
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