岐阜県郡上市(旧大和町)内ヶ谷(その2)

  • 2017.05.05 Friday
  • 08:44

平成29年GW、岐阜県の廃村めぐり、
高台の工事道から川沿いの内ヶ谷(上会津)集落跡までの標高差は50mある。
工事の気配が薄そうな下流部の道を選んで、ゆっくりと下った。
内ヶ谷集落(開拓を含む)は昭和45年11月、集落再編成事業により解散した。
いま進んでいるダム建設が離村につながったわけではない。

 

西小学校内ヶ谷第一分校は、へき地等級4級、児童数24名(S.34)、
明治30年開校、昭和45年閉校。
分校跡は川の対岸にあったが、雪融け時期のため水量が豊富で、
すぐそばまで行きながら渡るのは危険と判断した。

 

帰り道、見下ろす場所から脇道の坂を上ると、そこには平地があって、
「白山神社」「金山神社」などの石碑と灯籠が建っていた。
イチョウの木を含めて、集落から移転したものが集められているのだろう。
その先には作業小屋らしき家屋が見当たった。

 

 

 画像1 分校跡到達を許さなかった川の流れ(その1)

 

 

 画像2 分校跡到達を許さなかった川の流れ(その2)

 

 

 画像3 神社の石碑や灯籠などが集められていた平地

 

  (2017年4月28日(金)正午〜午後1時頃)
 

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