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愛媛県西条市 基安(その2)

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    平成29年4月8日(土)、愛媛県の廃村めぐり。 
    往時の基安までの道は、主に川来須(新寒風山トンネル)から

    桂谷をさかのぼる山道だったが、
    旧寒風山トンネル開通は昭和39年なので、

    トンネル入口からの山道も使われていたことだろう。

     

    中之池小学校基安分校は、へき地等級3級、児童数59名(S.34)、
    昭和12年開校、昭和44年閉校。閉校年度(S.43)の児童数はわずか1名だった。
    基安鉱山は主に銅を産出した鉱山で、明治初期から昭和47年まで稼働した。
    昭和18年からは住友の経営となり、別子銅山の銅鉱とともに四阪島で精錬されたという。
    集落の閉村時期は、鉱山の閉山と同じ昭和47年ではないかと推測される。
    斜面にせり出た校庭にバックネットが残る分校跡は、

    たどり着いた段よりも一段高い場所にあった。
    せり出た部分の3割程度は崩壊していた。
    ここも荒獅子さんの案内があったからこそたどり着けた感じがした。

     

    基安では、木造の家屋は閉村時にすべて取り壊されたが、
    コンクリ造りの小屋が2つ残っていた。
    足を運んでみると中に石炭が見られたので、燃料庫だったと思われる。

     

    帰り道、二つ目の谷はまわり込むと山道で越えることができた。
    一つ目の谷は崩落箇所よりもだいぶ手前で越えて、
    カードレールを目指して、道なき道を這い上がった。

     

     

     画像1 基安分校、斜面にせり出た校庭(その1)
          象徴的なバックネットは、閉校から49年経っても
          山中にしっかり残っていた。

     

     

     画像2 基安分校、斜面にせり出た校庭(その2)
          下から見ると、石垣の前に鉄骨が組まれていることがわかる。

     

     

     画像3 基安分校、斜面にせり出た校庭(その3)
          眼下に霧のもととなる雲が見える。
          後で調べると、分校跡の標高は1007mあった。
          「四国には1000m超の学校跡はない」と思っていたが、
          谷道(徳島県旧東祖谷山村、1051m)に続いて、基安が加わった。

     

        (2017年4月8日(土)午後3時30分頃)
     


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      • 2017.12.13 Wednesday
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