宮城県栗原市(旧栗駒町) 玉山

  • 2016.11.28 Monday
  • 07:13

平成28年7月中旬、宮城県の廃村めぐりでは、ダム建設関係の高度過疎集落 玉山(たまやま)と
鉱山関係の廃村 大土森(おおどもり)を訪ねた。

 

大宮駅からはやてに乗って、古川駅に到着したのは午前9時12分。
同行する米本さんは同じ便に乗っていて、改札を出る前に落ち合えた。
「元気にしてるかい」などと話しながら、古川市街から旧栗駒町へとクルマを走らせた。
 小一時間、車窓の風景は田園地帯が中心だったが、三迫川沿いの道が栗駒ダムに近づくと空気は山間のものに代わった。
「こっちに行ってみましょう」といって通った旧道は、ダム堤体1卅阿△燭蠅琶弔兇気譴織押璽箸貌佑当たった。
「歩いていくと面白いかも」とも思ったが、季節は梅雨の終わり頃。ロクなことにならないことは明らかなので、ゲートの先には足を踏み入れなかった。頭を非日常に切り替えるにはちょうどよい出来事だった。

 

玉山旧集落は、栗駒ダム(昭和37年竣工)の建設によって水没。
その際、ダム湖畔の放森(はなれもり)に小数戸が移転した。
栗駒小学校玉山分校は、へき地等級1級、児童数24名(S.34)、大正5年開校、昭和41年閉校。最終年度(S.40)の児童数は5名。
二万五千図(沼倉、S.43)を見ると、文マークはダム湖の南側にポツンと記されている。住宅地図を調べると、その場所は旧道沿いの除雪基地になっていた。
新道のトンネルを抜けて、心当たりの場所に行くと、「いかにも学校跡」という門構えがある除雪基地が見当たった。
玉山旧集落の移転は昭和36年だが、分校の周囲には家々は作られなかった。事前の確認がなかったら、ただの除雪基地にしか見えなかったかもしれない。

 

 画像1 栗駒ダムへ続く閉ざされた旧道

 

 

 画像2 分校跡の匂いを感じる除雪基地の門構え

 

 

 画像3 知っていなかったら、ただの除雪基地に見えたかもしれない

 

 (2016年 7月18日(月祝)午前10時45分頃)

コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

recommend

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM