新潟県糸魚川市(旧能生町) 東谷内

  • 2013.12.21 Saturday
  • 10:13
2013年秋、飛騨・富山・上越ツーリング4日目(10月15日(火))、
角間の次にめざしたのは、糸魚川市(旧能生町)の農山村 東谷内(ひがしたにうち)です。

角間がある早川の谷から東谷内がある能生川の谷までは、R.8(海沿い)に戻らずに入山吹原林道を走りました。

能生川の谷の県道に着いて少し走ると、東谷内への三差路を示す大きな看板がありました。これだけ大きいと入口は迷いようがありません。



手前の集落(川詰)から東谷内までは3km。なだらかな坂をゆっくり上がっていくと三差路があって、まず左側の道を選んで走ると、ほどなく大きなトタンをかぶった屋根の古い家屋が眼に入り、東谷内に到着したのは午前11時頃。



集落には田畑があり、橋を渡るとすぐにクルマが見当ったので、ここでバイクを停めて、探索開始です。

川内小学校東谷内冬季分校は,へき地等級2級,児童数14名(S.34),明治16年開校,昭和53年閉校。五万地形図(高田西部、S.44)には文マークも鳥居マークもありません。
幸い、畑で作業をされるおばさんがいたのでご挨拶。
お話しをすると、おばさんは東谷内出身の方で、近くの集落から通いで来られているとのこと。そばには大きな家屋があって、おそらくかつて住まれていた家なのでしょう。
冬季分校や神社のことを尋ねたところ、「分校は三差路を右に曲がって、坂を上がっていったところにあった」と教えていただくことができました。
教えていただいた右側の道をたどっていましたが、目印はなく、閉ざされた家屋はあるものの地域の方の姿は見当たりません。
集落の端らしい場所に家の跡があったのでバイクを停めて歩いてみると、タイル張りの浴槽が見つかりました。



分校跡はわかりませんでしたが、これを集落のなごりと考えて、探索を終えることになりました。

お昼は中能生小学校近くの地域のラーメン屋で食べ、長野県飯山市を目指して淡々と走ると、旧新井市の郊外あたりから雨が降り始めました。飯山市に到着したのは午後2時20分、雨道が嫌になり始めた頃でした。
コメント
初めてブログを拝見しております。

ブログ内のタイル張りの浴槽ですが、
そこ、私の母の家があった場所です。

浴槽側を向いて右手には細い砂利道があったと思いますが、その先に先祖の墓があります。
まさかこんな場所でお目にかかれるとは思っても見ませんでした。
  • 東谷内
  • 2019/05/05 1:41 PM
>東谷内様
 へき地ブログへようこそです。
 私が東谷内を訪ねたのは、もう6年も前のことになります。
 その後、飯山を目指してバイクを走らせており、
 糸魚川と飯山の意外な接点に気が付いたところです。

 1週間前(4/29(月祝))、飯山から新幹線で出かけた糸魚川で
 地域紙(糸魚川タイムス)の取材を受けました。
 近々記事が載るかもしれないので、よろしかったらご覧くださいませ。
 投稿いただき、ありがとうございました。
  • HEYANEKO
  • 2019/05/06 7:43 AM
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