蕗之台再訪(その2)

  • 2019.09.09 Monday
  • 07:25

令和元年5月下旬の道東・道北の廃村探索 3日目、蕗之台の探索、
蕗之台小学校(のち母子里小学校蕗之台分校)はへき地等級3級、児童数32名(S.34)、昭和22年開校、昭和37年閉校。
集落の離村は昭和47年。五万地形図(蕗之台、S.31)を見ると、文マークと駅は1劼曚瀕イ譴討い襦
心当たりの場所を探索したが、笹籔となった平地が広がるのみだった。

 

昭和初期、蕗之台に木材搬出のため、人が出入りし始め、
昭和16年10月、蕗ノ台駅が開業、この頃、10戸ほどの造材関係者などが居住したという。
戦後、昭和21年、室蘭市から日鋼開拓団が入植、
豆類や馬鈴薯を栽培したが、成果はあがらず、昭和37年、開拓団が解散。
以降も少数戸が残ったが、昭和47年に最後の居住者が離村し、無住地となった。
蕗ノ台駅は、平成2年まで存続した。

 

かつての自治区は、駅周辺の蕗之台第1、開拓団が入植した地域の蕗之台第2に分かれていた。
朱鞠内局郵便区全図(S.28)によると、駅前を除く蕗之台は30戸となっている。
文マークを中心に広範囲に家屋が記されているが、
道筋は大きく変わっており、往時の痕跡は何も見つからなかった。

 

 

 画像1:蕗之台・道道名寄遠別線、板谷蕗の台線分岐の案内板
     ともに通行止となっているが、先までは行かなかった。

 

 

 画像2:道道688号 名寄遠別線「幌加内町蕗の台」の案内板
     昭和57年の字名改正により、今の字名は「蕗の台」になっている。

 

 

 画像3:蕗之台小学校推定地
     ササ原が広がるばかりだが、まとまった平地だったためここを推定地とした。

 

 (2019年5月27日(月)12時45分〜午後1時15分頃)

 

コメント
正修への道路も、板谷への道路(こちらは参道や林道みたいなのが残ってるようで)も
なっかなか開通しないですね。母子里〜蕗ノ台までの道路よか
道幅も広いし、立派?な橋も架かっていたりします。
工事凍結中かな?たとえ開通しても、除雪費がどれだけかかるかわかりません。
・・・あとほんの数kmらしいんですが…はじめっち

蕗ノ台小学校はやっぱし駅前じゃなかったんすね。
駅手前のところかなぁとか思ってたっすが、遠別線を少し上ったところ?なんすね。
・・・いや同じ景色で見分けつかないっすがエヘヘ…ゆたか

朱鞠内郵便局の管轄なんですね、ちょび、びっくりぽんです。
(郵便局は詳しくないんですが、母子里の管轄とばかり思ってました。)
蕗ノ台〜宇津内〜朱鞠内の道道18卅ってみましたが、
くねくね・ずぶずぶ・ろかたがたがた・何かの遠吠え…?
で、はい、死にそうでしたから…。助け来そうもないし…。
・・・対向車来てもコワいけど…みならいかのん

あたいはむずかしいことはよくわかんないいけども、
白樺小学校は駅前にあったみたいだから、なんとなくあれかなぁ…だったのだ。
・・・古い地図ないからあてずっぽなのだつるみん
  • 4あほ
  • 2019/09/09 3:52 PM
>みなさま
 蕗之台あたりの道路、半年以上「冬期間通行止」ですから、除雪費はほとんどかからないのではないかと・・・(^^)
 郵便の業界地図は「郵便区全図」なので、母子里郵便局は朱鞠内郵便局の郵便区に含まています。
  • HEYANEKO
  • 2019/09/11 6:42 AM
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