山形県鶴岡市(旧朝日村) 桝形(その1)

  • 2019.01.04 Friday
  • 06:21

平成30年11月中旬、山形県の廃村探索2日目、
旧朝日村大鳥「旅館朝日屋」での起床は未明5時。天気は曇時々晴。
この季節にしては暖かく、未明に外へ出ても寒くはなかった。

 

宿を朝6時30分に出発し、鉱山関係の廃村 桝形(ますがた)を目指して、県道 鶴岡村上線を山に向かって走ると、
西大鳥ダムを過ぎたあたりで通行止の案内板があった。

通行止の案内板から桝形までは5kmほど。
会話をしながら道を歩くと、それほどの遠さは感じされない。

 

歩き始めて1劼曚匹如道沿い右手に大鳥鉱山時代(大正7年)の雪崩遭難慰霊碑が見つかった。
桝形鉱山集落は、大鳥鉱山(古河鉱業)の時代と、大泉鉱山(大日本鉱業)の時代に大別される。
大正7年の大雪崩は154名の犠牲者を出し、鉱山は休山となった。
昭和12年の鉱山再開は、軍事資源の確保を目的としたものと言われる。

 

 

  画像1 大鳥・未明の「旅館朝日屋」

 

 

  画像2 西大鳥ダムを過ぎたあたりであった通行止の案内板

 

 

  画像3 大鳥鉱山時代の雪崩遭難慰霊碑

 

  (2018年11月11日(日)午前6時5分〜7時15分頃)
 

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