愛媛鉱山への道

  • 2018.12.19 Wednesday
  • 07:04

平成30年12月中旬、愛媛県の廃校廃村探索、
戦中戦後の短い期間、愛媛鉱山という鉱山・鉱山町が、
中之成よりも3劼曚鋲遒了咳にありました。

 

『四国鉱山誌』(1947)によると、
愛媛鉱山は日本鉱業の鉱山で、主要鉱物は銅、
『新居浜市史』(1962)によると、
大生院小学校愛媛鉱山分校は、昭和23年開校、同28年閉校。
鉱山の閉山時期は不明です。

 

探索では、中之成を目指して軽トラを走らせたのですが、
無意識に通過して、愛媛鉱山に接近することになりました。
手前2劼曚匹里箸海蹐芭啼擦吠落があって、ストップがかかりましたが、
「何かきっかけがあったら、現地を訪ねてみたい」
と思わせる、妙な引力を感じました。

 

 

 画像1:愛媛鉱山への道(その1)
    直線距離でいうと10劼曚匹寮ジ容盂い見渡せた

 

 

 画像2:愛媛鉱山への道(その2)
    見事な崩落に、2年半前の北海道・高見への道を思い出した

 

 

 画像3:愛媛鉱山への道(その3)
    クルマが入った構図で見ると、道の険しさがわかる

 

 (2018年12月16日(日)午前7時30分頃)
 

 

コメント
ネットを介して『愛媛県史 地誌供陛賤重貮堯法戮法愛媛鉱山の記述を発見しました。

>新居浜市大生院にある愛媛鉱山は中萩駅の南方約8辧標高800mに位置している。
>大正13年(1924)に第一鉱体を見出して久原鉱業蠅昭和4年まで操業し、
>同8年に日本鉱業蠅砲茲辰萄導して第二・第三鉱体を発見して、
>28年までにほとんど掘りつくした。
>その後、高越鉱業(株)が残鉱採掘を行ったが32年に休山した。
>この問の出鉱量は銅鉱14万2680トン(銅1.56%)、硫化鉄鉱13万トン(硫黄48%)であった。

分校の閉校(昭和28年)は、鉱山集落の閉止とリンクしているのかもしれません。
少なくても、鉱山が昭和32年以降、稼働することはなかったと思われます。
  • HEYANEKO
  • 2018/12/20 6:14 AM
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