愛媛県今治市(旧玉川町) 鈍川木地

  • 2018.12.11 Tuesday
  • 08:30

平成30年11月上旬、愛媛県の廃村探索1日目、
龍岡木地に続いて訪ねた鈍川木地(にぶかわきじ)は、鈍川温泉の奥にあって、昭和43年頃に離村した。
ともに「木地」というぐらいだから、木地師との係わりがある集落なのだろう。
旧玉川町内には「ツール・ド・玉川」というノボリが立っていて、サイクリングの方の姿が多く見られた。

 

鈍川温泉を過ぎて、ふれあいの森までは観光色があって道も穏やかだったが、その先は急に道が狭くなって心細くなった。
「そのうち着くだろう」とゆっくりクルマを走らせていると、分校所在地 竹ヶ城の1匱蠢阿把鵡垰澆琉篤眸弔帽圓手を阻まれた。

平成30年は災害の当たり年、おそらく9月下旬の台風24号の影響で路面の崩落もしくは法面崩落が起きているのだろう。

加茂の獅子舞を見るためには午後2時までに旧加茂小学校(平成7年閉校)に着かなければいけないが、時計を見ると午前11時55分。
カーナビを加茂にあわせてから早足で竹ヶ城を目指すと、10分で木地川を渡る橋(千ちせ橋)までたどり着いた。
幸い、車道に危険箇所はなかった。

 

鈍川小学校木地分校は、へき地等級3級、児童数22名(S.34)、明治7年開校、昭和44年閉校。
橋を渡った先、分校跡がどこにあるかは定かでなかったが、幟を立てるための石柱をくぐり、道なりに歩いたところ、
切り返す方向の枝道の先に堂々とした分校跡地の碑を見つけることができた。

鈍川木地は下木地、竹ヶ成、上木地の3小集落からなり、竹ヶ成だけでも分校跡がある下流側と上流側に分かれている。
しかし、時間に余裕がなかったので、分校跡の探索を終えた後はまっすぐ来た道を戻った。。
その他下流側竹ヶ成では、別荘のような家屋が見られた。

 

 

 画像1:鈍川木地・分校跡地へ向かう山道

 

 

 画像2:堂々とした分校跡地の碑が建つ

 

 

 画像3:分校跡では水回りの施設が見つかった

 

 (2018年11月3日(土祝)12時10分〜12時25分頃)

 

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