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石川県白山市(旧白峰村) 下田原

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    ●20 下田原(しもたわら)
     石川県白山市(旧白峰村) 【初訪】


    平成23年夏、北陸方面6泊7日ツーリング、
    7月27日(水、旅3日目) 午後5時半〜6時半頃


    河内谷からは、白峰に戻って、雨の中、下田原を目指しました。
    「R.157から分岐する林道を4劼曚鋲った場所」と見当をつけてダートを走っていると、
    下田原川を渡る橋のところで道を誤り、1時間近くロスしてしまいました。



    我ながら、何をしていることやらですが、
    「この先にある」と思って走ったわけですから、しかたありません。



    バテバテになって橋まで戻ったときには、あたりは暗くなりかけてたのですが、
    「ここで諦めては後悔する」と、気力を振り絞って、何とか下田原に着いたのは夕方6時半頃。
    数戸の家屋と、「ふるさとの碑」、道場、神社が集まって建っていました。


    桑島小学校下田原分校は、へき地等級4級、児童数13名(S.34)、昭和50年閉校。
    「村影弥太郎の集落紀行」Webの下田原の記事によると、新しく見えた家屋の一軒が旧校舎を改築したものとのことです。
    見たような感じはするのですが、画像は手元にはありません。



    下田原の「ふるさとの碑」の碑文は、ダム建設の視点で記されていました。


      愛着の念断ち難き先祖伝来の土地を湖底に沈め
      進んで手取川総合開発事業にご協力賜った方々に
      深く感謝の念を表します
        昭和55年春
        建設省 石川県 電源開発株式会社



    真新しい感じの下田原道場には、「集会所」の表札も掲げられていました。
    「道場」とは、浄土真宗において読経、法話を聞く場所で、北陸の山間の小集落に多く見られます。



    下田原神社、昭和32年にこの地に移転とのことで、集落中心部はダム水没を免れた様子です。
    住宅地図には6戸記されていますが、すべて別荘です。離村年は、分校の閉校と同じく、昭和50年です。
    しかし、別荘には人影があり、雨の日の夕暮れでなかったら、お話しをうかがいたかったところです。


    出作り関係のためか集落という感じが薄い白峰村の廃校廃村の中、下田原には集落という感じがありました。
    というか、分校跡、離村記念碑、道場、神社と、不自然なぐらい1か所に集まっていました。
    「出作り」とは、本家のある村(母村)を離れて山中で住居を構え、わずかな平地に畑を拓き、焼畑・養蚕・炭焼きなどに山仕事に従事する山村の生活様式で、冬季(12〜4月)は母村に帰る「季節出作り」と、冬季も出作り先で暮らす「永住出作り」がありました。
    白峰村は全国的に珍しい永住出作りが盛んに行われた地域で、大道谷、赤岩、河内谷、下田原は永住出作りに係わる廃校廃村です。


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      • 2017.10.20 Friday
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      • 07:08
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