高知県北川村 竹屋敷(その9)

  • 2020.02.29 Saturday
  • 06:56

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、竹屋敷の探索、
神社を後にして、商店がある橋のほうに戻る道を歩いていると、橋の手前の左側にけもの道があった。
「お墓があるのかな」と思ってたどってみると、その先には大きな家屋が建っていた。

 

後に住宅地図を調べると、平成8年現在、すでにこの家屋は空き家だった。
右隣の小さめの家屋は、竹屋敷の公民館だったらしい。

 

 

 画像1:竹屋敷・けもの道の先に大きな家屋が建っていた

 

 

 画像2:家屋のそばには、錆びた手押しポンプがあった

 

 

 画像3:手押しポンプのそばには、深い穴(井戸)があった

 

 (2020年1月12日(日)午後3時25分〜3時30分頃)

 

高知県北川村 竹屋敷(その8)

  • 2020.02.28 Friday
  • 06:18

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、竹屋敷の探索、
吊り橋跡を過ぎてしばらく進むと、神社にたどり着くことができた。
社殿は傷んでいたが、鳥居や階段、狛犬はしっかりしていて、ある程度手入れされているのかもしれない。

 

鳥居に扁額はなかったが、後の調べで神社の名称は杉尾神社ということがわかった。
朽ち行くふるさとを元住民の方はどんな想いで見守っているのだろうか。

 

 

 画像1:竹屋敷・川に近い場所から見た杉尾神社の鳥居と石段

 

 

 画像2:石段を上がると、狛犬と社殿に迎えられた

 

 

 画像3:向かって右の狛犬は、口を開けていた

 

 (2020年1月12日(日)午後3時15分〜3時20分頃)

 

高知県北川村 竹屋敷(その7)

  • 2020.02.27 Thursday
  • 06:54

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、竹屋敷の探索、
石垣の上は庄屋のような風格がある家屋があったような気がするが、
写真では普通の家屋しか写っておらず、近づいてもいない。
だいぶ感覚が麻痺していたような感じがする。

 

神社へ続いていた落ちた吊り橋、「地理院地図」Webには普通に橋として記されている。
「神社にはどうやって行こう」と思ったが、商店そばの橋を渡り、回り込めば行けそうなことに気が付いた。
集落側からは、枯れ草に遮られてどんな様子かはっきりしなかった橋だが、
神社側から見ると、しっかりした構えの吊り橋だったことがわかった。

 

 

 画像1:竹屋敷・石垣の上に家屋が見られる

 

 

 画像2:集落側から見た吊り橋と川の流れ

 

 

 画像3:神社側から吊り橋を見ると、わずかだが踏み板が残っていた

 

 (2020年1月12日(日)午後3時〜3時15分頃)

 

高知県北川村 竹屋敷(その6)

  • 2020.02.26 Wednesday
  • 06:52

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、
竹屋敷の探索では、錆びついた「こどもの道」の標識、神社へ続いていた落ちた吊り橋、荒れた集落の道に燈る外灯と、インパクトが強いものが目白押しで、私は「久々に歯ごたえがある廃村探索だなあ」と思った。

 

曇り空とはいえ、なぜ無住集落の道の外灯が燈っていたのだろうか。
「夜にこの光景を観たら、どんな気持ちになるだろう」
ふと、この日の探索は、夜明け前の段から始まったことに気づく。
一日がとても長い。

 

 

 画像1:竹屋敷・ススキの向こうに建つ家屋

 

 

 画像2:最近まで使われていた感じがする家屋

 

 

 画像3:荒れた集落の道に燈る外灯(その1)

 

 

 画像4:荒れた集落の道に燈る外灯(その2)

 

 (2020年1月12日(日)午後3時〜3時10分頃)

 

高知県北川村 竹屋敷(その5)

  • 2020.02.25 Tuesday
  • 06:53

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、竹屋敷の探索、
学校閉校後の竹屋敷の戸数は,6戸(H.8),4戸(H.19),2戸(H.22)と少しずつ減少している。
住民は高齢化とともにいなくなっていったのだろう。

 

錆びついた「こどもの道」の標識は、集落から子供がいなくなって久しいことを示すかのようだった。
新しいピンクリボンは地籍調査のもので,各所に貼られていて,寂しい集落跡によいアクセントを与えていた。

 

 

 画像1:竹屋敷・学校跡へと続く道の脇にある防火用水

 

 

 画像2:錆びついた「こどもの道」の標識

 

 

 画像3:集落の各地に地籍調査のピンクリボンが貼られていた

 

 (2020年1月12日(日)午後2時50分〜3時5分頃)

高知県北川村 竹屋敷(その4)

  • 2020.02.24 Monday
  • 07:05

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、竹屋敷の探索、
菅ノ上小学校竹屋敷分校(のち竹屋敷小学校)は、へき地等級4級、児童数47名(S.34)、明治22年開校、昭和50年閉校。
閉校年度(S.49)の児童数は7名だった。


学校跡は、商店前で分岐した枝道を上がった場所にある。

防火用水がある坂を上りきると、校舎の基礎や壊れたブランコ、関係の建物が迎えてくれた。
枯木が斜めになっているということから、年によっては深い積雪があることが想像できる。

 

 

 画像1:竹屋敷・学校跡へと続く防火用水がある坂を上る

 

 

 画像2:学校跡入口・金網があったが門柱はなかった

 

 

 画像3:校舎の基礎・枯木が斜めになっている

 

 

 画像4:校舎の下の段・壊れたブランコが残る

 

 

 画像5:校舎の上の段・関係の建物が残る

 

 (2020年1月12日(日)午後2時40分〜2時50分頃)

 

高知県北川村 竹屋敷(その3)

  • 2020.02.23 Sunday
  • 07:12

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、竹屋敷の探索、
集落の中心には商店跡の整った家屋があり、「高知新聞 購読申込所」のホーロー看板からすぐにわかった。
「この家のおばあちゃんが、徳増のひいばあちゃんと仲良かったんだろうなあ」と、ほのかに店が開いていた頃の竹屋敷を想像した。

 

平鍋局郵便区全図(S.35)によると、竹屋敷の戸数は27戸。
上流部には営林署の竹屋敷事業所 30戸があり、かつては奈半利を始発とする魚梁瀬森林鉄道が、竹屋敷を通り事業所まで通じていた。

 

 

 画像1:竹屋敷・集落中心に商店跡の整った家屋が建つ
     「ここが集落の中心」という存在感がある

 

 

 画像2:「高知新聞 購読申込所」のホーロー看板が残る
     往時は「土佐鶴 林田酒店」という看板もあったらしい

 

 

 画像3:商店跡の家屋を分校跡へと続く道から見る
     かつては複数のイヌがいたそうだが、この日は静まり返っていた

 

 (2020年1月12日(日)午後2時35分〜2時40分頃)

 

高知県北川村 竹屋敷(その2)

  • 2020.02.22 Saturday
  • 07:16

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、
クルマを停めて歩くこと15分ほど、道には大きな問題がないまま、竹屋敷にたどり着くことができた。

 

ただ、竹屋敷の雰囲気があやしい。
家々は見られるのに人の気配はまったくなく、「空ろな感じとはこのことを言うのかな」と思うほどだ。
道ばたの廃車がさらにその雰囲気を高める。

 

 

 画像1:竹屋敷へ向かう道(通行止め区間)
     橋はしっかり架かっていて、路面にも問題はない

 

 

 画像2:竹屋敷・最初にたどり着いた三差路の風景
     無事たどり着いて、ホッと一息つく

 

 

 画像3:主をなくした車庫と家屋
     人の気配はまったく感じられない

 

 

 画像4:集落内の車道
     中峯の山歩きと同じようなピンクリボンが各所に施されている

 

 

 画像5:道ばたに廃車がある風景
     離島でこんな風景を見たことを思い出した

 

 (2020年1月12日(日)午後2時20分〜2時35分頃)

高知県北川村 竹屋敷(その1)

  • 2020.02.21 Friday
  • 07:06

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、
羽根川橋まで戻り、国道55号をトラックとレンタカーで列になって走り、奈半利市街で大原さんと分かれたのは12時45分頃。
3つ目の目標 竹屋敷(たけやしき)は平成28年に離村した農山村で、奈半利からだと36辧1時間強かかる。
北川村に入り、中岡慎太郎館前の売店でビスケットを調達して、昼食は走るクルマの中でこれをつまんで済ませた。

 

奈半利川に沿った国道493号は改良区間もあるがクネクネしていてなかなか先に進まない。

国道と村道の分岐からでも竹屋敷は9劼發△襦
「奥深い場所だなあ」と思いながら道をたどると、だんだん路面はあやしくなって、竹屋敷の手前1劼曚匹里箸海蹐砲蓮崛缶鳴鵡垰漾廚琉篤眸弔待ち受けていた。
思いがけない展開だが、これは歩いて行く以外に手だてはない。

 

 

 画像1:北川村柏木・中岡慎太郎館

 

 

 画像2:「竹屋敷9辧廚良玄┐ある国道と村道の分岐

 

 

 画像3:竹屋敷の手前約1辧Α崛缶鳴鵡垰漾廚琉篤眸

 

 (2020年1月12日(日)午後1時〜2時15分頃)

 

高知県室戸市 中峯(その5)

  • 2020.02.20 Thursday
  • 06:44

令和2年1月中旬、高知県の廃村探索2日目、戦後開拓集落 中峯(なかみね)の探索、
開拓集落とは係わりがなさそうな広い平地の真ん中あたりで、大原さんと顔を見合わせて、
今度は北西方向に歩いた。

 

スギ林の中を進んでいると、行く手の段の下方に「これに違いない」という校舎のガレキが見つかった。
そばには石垣や「貯蔵庫だったのかな」と思わせる大きな穴が見られた。
その場所は、クルマを停めた場所のすぐそばだったが、見つけることができてよかった。

 

 

 画像1:中峯・分校跡を目指し、スギ林の中を歩く

 

 

 画像2:「これに違いない」という校舎のガレキが見つかった

 

 

 画像3:ガレキの一角には、積まれた瓦が見られた

 

 

 画像4:そばには石垣や「貯蔵庫だったのかな」と思わせる大きな穴が見られた

 

 

 画像5:分校跡から車道までは、ピンクリボンの道筋があった

 

 (2020年1月12日(日)午前11時50分〜正午頃)

 

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