モノレールが通る天空の里 十家

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    2017年10月中旬、徳島県の廃村探索では、
    車道が通じていない代わりに、モノレールが通るという
    天空の里 旧一宇村十家(といえ)に足を運びました。

     

    登り口にクルマを停めて、山道を歩くこと40分ほどで
    十家中心部のお堂にたどり着きました。
    有名所なので、数戸の暮らしがあると思っていたのですが、
    南隣の集落 久藪(ひさやぶ)の民宿でうかがった話によると
    少し前に老夫婦が里に下りて、
    今は常住される方は60代ぐらいの男性ひとりとのこと。

     

    この朝、登り口の駐車場に地域の方のクルマは停まっておらず、
    家々の扉はすべて閉ざされていました。
    その中で、お堂は開け放たれており、
    晴れた朝の山景色の中、軒に座って朝食休みをとりました。

     

     

     画像1 十家へ向かう山道から見たモノレール

     

     

     画像2 十家、集落中心部のお堂が見えてきた

     

     

     画像3 十家、お堂のすぐ前にモノレールの線路が通る

     

      (平成29年10月11日(水)午前6時30分〜7時10分頃)

     


    徳島県の廃村に行ってきました

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      10月10日(火)から11日(水)まで、1泊2日で
      徳島県の廃村に行ってきました。
      谷道のリベンジが含まれるため、8月下旬に引き続きです。

       

      ● 谷道(たにみち)
       無事、リベンジできました(^_^) 
       分校手前の集落跡入口辺りまで、林道をクルマでアプロ―チして、
       川の流れへと下りていったところ、
       川には丸木橋が架かっていました。 
       地形図に文マークがある分校跡は、「ほんとにここでよいのか」という感じでした。 

       

      ● 樫山(かしやま)
       手前の集落 猿飼からの林道は整っていて、
       現地までコンクリ舗装されていました(猿飼から3km強)。 
       現地では、社の跡、分校跡らしき区画、多くの石垣を見い出すことができました。 

       

      ● 杖立(つえたて)
       手前の集落 古宮大平(おおひら)から山道を歩きましたが、
       大平から約50分、杖立まであと500mほどの場所の沢の谷に、崩落があって、
       現地にたどり着くことができませんでした。
       大平−杖立間の帰り道で、お会いした薬草採りの60代ぐらいの男性によると、 
       「口山の新名(しんみょう)から杖立のすぐそばまで、
       新しい林道が通じている」とのこと。 
       また、帰宅後に調べたところ、
       杖立の南西2kmほどの距離にある半平山には登山道があって、
       半平山には登山道があって、
       杖立の南南西1.5kmほどの距離にある取首大師堂には
       登山の途中に行けることがわかりました。
       新名林道からの山道や登山道は、地形図には載っていませんが、
       取首大師堂‐杖立間の山道は、地形図にも載っています。

       

      今回の探索で、「廃村千選」の徳島県のポイント(12か所)、
      全訪となる予定でしたが、1か所残ってしまいました。
      可能であれば、年内にリベンジしたいところです。 

       

       

       画像1 谷道、川を渡る丸木橋
          「ようこそ、祖谷の丸木橋へ」と記されている

       

        (平成29年10月10日(火)午後2時頃)

       

       

       画像2 樫山、分校跡に続くのではないかと
          思わせたゆるい石段

       

        (平成29年10月11日(水)午前10時20分頃)

       

       

       画像3 杖立、あと500mほどの場所の沢の谷の
          崩落箇所

       

        (平成29年10月11日(水)午後1時40分頃)


      徳島県の廃村に行ってきました

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        8月26日(土)、徳島県の廃村に行ってきました。
        阿波加茂駅からムサシノ工務店の武部さんのクルマに便乗して、
        大歩危駅まで、祖谷の山中を走りました。
        天候は曇のち晴ときおり小雨で、涼しいのはありがたかったです。
         
        訪ねた廃校廃村は、三好市(旧東祖谷山村)の深渕(みぶち)です。
        旧東祖谷山村 谷道(たにみち)も同時に目指したのですが、
        通じる道が通行止めで、行くことができませんでした。
         
        四国まで行ってゼロ泊だから、弾丸ツアーの一種になるのかな。
        どことなく消化不良な感もあるけれど、
        あちこち飛び回れるのは幸せなことです。

         

         

         画像1:深渕の閉ざされた家屋
         
          (平成29年8月26日(土)午後12時40分頃)

         

         

         画像2:深渕・一時期分校としても使われた公民館跡
         
          (同 午後12時50分頃)

         

         

         画像3:谷道入口、通行止めの看板

         

          (同 午後3時10分頃)
         


        比岐島のヒナゲシ

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          平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり、比岐島の探索、
          分校跡から船長と炊き込みご飯が待つ船着場に戻る途中、
          空き家の前でオレンジ色の花を見かけた。

           

          近頃この季節、街中でよく見かけるナガミヒナゲシではないだろうか。
          まさか瀬戸内のめったに人が来ないはずの島で
          目にするとは思わなかった。

           

           

           画像1 比岐島分校跡の校舎

           

           

           画像2 空き家の前で咲くオレンジ色の花

           

           

           画像3 空き家の前で咲くオレンジ色の花(拡大)

           

              (2017年4月9日(土)午前11時40分頃)
           


          愛媛県今治市 四阪島(その2)

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            平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり、四阪島洋上観察、
            家ノ島(鉱区)の北側の海岸を見てから、
            二つの島が地続きになった場所にある、四阪港(表の港)に入った。
            洋上観察とはいえ、二度の空振りを経て三度目で来ることができ、嬉しく思った。

             

            四阪島は、今治港から15辧⊃卦鑄郵舛ら20劼硫合に浮かぶ五つの島の総称で、
            明治28年(1895年)別子銅山精錬所の煙害対策のため住友が買収し、精錬所建設に着手、
            精錬所は明治38年から昭和51年まで、72年間稼働した。
            最盛期(大正末頃)の人口は5,500人を数えたが、
            昭和52年(1977年)、一部の関係者を除いて四阪島に住む方はいなくなった。
            昭和62年、住民登録人口がゼロになった。

             

            別子学園四阪島小学校(私立)は、児童数688名(S.34)、
            明治34年開校、昭和36年公立へ移管、昭和52年閉校、閉校年度の児童数は100名。
            四阪島中学校(私立)は、生徒数219名(S.34)、
            昭和22年開校、昭和36年公立へ移管、昭和52年閉校、閉校年度の生徒数は65名。
            美濃島の居住区は、主に港からの坂道を上がった島の中にあり、
            学校は島のいちばん高所(標高112m)付近にあった。

             

            港からは、日暮別邸(迎賓館)と病院跡を観察することができた。
            港に人の姿はなく、ゆっくり観察できたが、
            比岐島で感じたものと共通する、それとない緊張感があった。

             

            美濃島の裏手には、海辺に建つRC造4階建て鉱員住宅の廃墟が存在感を醸し出していた。
            高台にもいくつか建物が見当たったが、あまり存在感はなかった。
            「鉱員住宅は残っていない」と言われる四阪島だが、
            海辺の4階建て鉱員住宅の廃墟は、取り壊されない限り、
            島に暮らしがあったことを伝え続けることなのだろう。

             

             

             画像1 四阪島・美濃島の風景(その1)
                  左に日暮別邸、右に病院跡が見える。
                  島の病院は、勤務者向けに昭和61年まで診療を続けた。

             

             

             画像2 四阪島・美濃島の風景(その2)
                  日暮別邸は、新居浜市街に移築されることが決まっており、
                  平成30年9月が工事完了目標という。

                  四阪島にあるうちに見ることができたのは大きな収穫だった。

             

             

             画像3 四阪島・美濃島の風景(その3)
                  鉱員住宅は1階に8戸だがら、32戸が入居していたことになる。
                  洋上から見た居住区の感じは、軍艦島とは大きく異なっていた。

             

                (2017年4月9日(土)午後1時5分頃)


            愛媛県今治市 四阪島(その1)

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              平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり、
              2番目の目的地、四阪島(しさかじま)には比岐島から海路を8辧
              30分ほどで到着した。

               

              まず住友のリサイクル工場がある家ノ島(鉱区)から入り、
              時計回りにかつて家々があった美濃島(居住区)のほうへと進んだ
              家ノ島の海岸沿いの崖が黒っぽいのは、
              精錬所時代の銅鉱石のカラミでできているかららしい。

               

              島には「上陸禁止」「崩落注意接近危険」といった看板が目立つ。
              日曜日のせいなのか、工場に人の気配はなかった。

               

               

               画像1 四阪島の遠景
                    大まかにいって左側が家ノ島、右側が美濃島。
                    精錬所は昭和51年に休止したが、家ノ島には平成25年まで

                    精錬所時代の大煙突(高さ71.5m)が立っていた。
                    船長によると、大煙突は天気の良い日は
                    今治からでも見えるぐらいの存在感があったらしい。

               

               

               画像2 四阪島・家ノ島の風景(その1)
                    カラミでできた人工的な海岸は、独特なものだ。
                    曇り空のモノトーンがよく似合っている。

               

               

               画像3 四阪島・家ノ島の風景(その2)
                    海上観察したところ、鉱区の感じは軍艦島とよく似ていた。

               

                  (2017年4月9日(土)午後1時頃)


              愛媛県今治市 比岐島(その5)

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                平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり、比岐島の探索。 
                2時間半の探索の間、遊漁船潮風の船長は、船の中で鯛めし、鯛のあら汁を
                つくってくれていた。

                 

                船長によると、潮風は船釣り(船の上での釣り)の船で、
                瀬渡し(島などへ上陸しての釣り)をする船は、別の免許がいるとのこと。
                釣りのお客さんの炊込みご飯は、釣れた魚をさばいてつくるが、
                海上作業など、釣り以外のお客さんも時々いて
                あらかじめ魚を用意するので、その分料金がやや高くなるとのこと。
                比岐島の探索を終え、穏やかな天気のもと、
                船着き場に座って食する鯛めしは、記憶に残る美味しさだった。

                 

                比岐島出発は12時20分頃。島では瀬渡しの釣りの方以外は誰にも出会わなかったが、
                出航後の船上から、島の東側の海で仕掛け漁をしているHさん親子に、
                遠目からだがお会いすることができた。
                私は「おじゃましました」と、頭を下げてご挨拶した。

                 

                 

                 画像1 比岐島の船着き場
                      コンクリの船着き場の先に、潮風と船長が見える。

                 

                 

                 画像2 比岐島を後にする
                      島には昼食休みを含めて3時間滞在した。

                 

                 

                 画像3 仕掛け漁をしているHさんの船
                      お話はできなかったが、お会いできてよかった。

                 

                    (2017年4月9日(土)正午〜12時30分頃)
                 


                愛媛県今治市 比岐島(その4)

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                  平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり、比岐島の探索。 
                  家々が固まる船着場のそばから離れ、おおむね西に向かって、
                  行けるところまで島中を歩いてみた。

                   

                  集落のはずれには、「比岐発電所」という標札がある小屋があった。
                  島には電気が通じておらず、自家発電が行われているという。
                  扉を開けてみると、ディーゼルの発電機が備えられていた。

                   

                  島には広くミカン畑が広がっている。
                  手入れされていない畑もあったが、整ったものもあった。

                   

                  島のいちばんの高所(標高58m)には、比岐島灯台が建っている。
                  そばには三角点があるはずなのだが、3人がかりで探しても見当たらなかった。

                   

                   

                   画像1 比岐発電所
                        建物は新しかったが、標札は年期が入っていた。

                   

                   

                   画像2 島のミカン畑へ続く道
                        灯台の麓を過ぎて下りの道沿いになっても、延々と続いていた。

                   

                   

                   画像3 比岐島灯台
                        銘板には「初点 昭和50年3月 改築 平成27年2月」とあった。

                   

                      (2017年4月9日(土)午前10時〜11時頃)


                  愛媛県今治市 比岐島(その3)

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                    平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり。 
                    比岐島の探索は2時間半。おおむね4人がそれぞれに動き、
                    どこかで顔を合わせると、部分的に一緒に動くという感じだった。

                     

                    比岐島分校跡の隣には「三島神社」という扁額がある鳥居があって、
                    くぐって山道を歩くと、3分ほどで社殿にたどりついた。
                    高台にあるわりに展望はよくないが、社殿は新しく整っていた。
                    脇には妙な顔をした狛犬が構えていた。

                    神社裏の山手には、太陽光発電パネルと三角点があった。

                     

                    島の家屋は分校跡とHさん家、空き家が5軒ほど。
                    Hさん親子は留守だったが、島を探索中に戻ってきて、漁に出られていった。

                     

                     

                     画像1 三島神社の社殿
                          最初と最後にご挨拶に行った。

                     

                     

                     画像2 神社裏の三角点
                          「大切にしましょう三角点 国土地理院」の標柱を伴っていた。

                     

                     

                     画像3 比岐島の空き家
                          この家屋にはパラボラアンテナが見られた。

                     

                        (2017年4月9日(土)午前9時30分〜11時30分頃)
                     


                    愛媛県今治市 比岐島(その2)

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                      平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり。 
                      比岐島の分校跡は、船着場から見て向かって右側、7戸ほどの建物群の端っこにある。

                       

                      美須賀小学校比岐島分校は,へき地等級5級、児童数16名(S.34)、明治34年開校、昭和54年閉校。
                      明治34年から大正14年までは義務教育免除地で、家庭教育場が置かれていた。

                      美須賀中学校比岐島分校は,へき地等級5級、生徒数5名(S.34)、昭和30年開校、昭和57年閉校。
                      小・中とも唯一の島民Hさんの御子息が最後の卒業生で、最終年度の児童・生徒数は1名だった。

                       

                      訪ねてみると、サクラの花を背負った木造平屋の校舎が建っていた。
                      入口に立つトーテムポールは、「小さな島の分校めぐり」(本木修次著、ハート出版、1998)
                      にも登場するが、校舎とともに現物を見ることはこれまでなかった。

                       

                      皆が校舎の中を探索しているとき、私は「ついに比岐島に来たなあ・・・」と思いながら、
                      分校跡と向き合った岸壁に座って、校舎とトーテムポールを眺めていた。

                       

                       

                       画像1 比岐島分校跡(その1)
                            校庭には大きなマツの木が生えている。
                            サクラはなぜか、校舎の裏手にあった。

                       

                       

                       画像2 比岐島分校跡(その2)
                            防波堤から見ると、分校跡は緑に埋もれているように見える。

                       

                       

                       画像3 比岐島分校跡(その3)
                            校舎の中には「中学校」の表札があった。

                       

                          (2017年4月9日(土)午前10時頃)
                       


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