徳島県美馬市(旧穴吹町) 杖立(その8)

  • 2017.12.23 Saturday
  • 07:20

平成29年12月上旬、徳島県の廃村探索、
この日(2日(土))は夕方6時から東大阪の石切で、大学の頃の同窓会がある。
午後2時15分頃には阿波池田駅に戻らなければならない。

杖立からの復路は最速で戻るつもりで臨んだ。

 

分校跡を11時35分に出発し、宅地跡を通り過ぎ、
崩落箇所を避けるためそのまま稜線に出た。
稜線を934mピークのほうに歩くと、石の鳥居が残る山王神社があるらしいが、
寄り道は許されない。

杖立峠を無意識に通過し、再び山上の祠にご挨拶しながら進むと、
1時間15分で新名杖立口まで戻り着いた。

 

杖立への行き来の道中では誰にも会わなかったが、
復路の稜線近くでは小さなチェーンソーの音が聞こえた。

 

酉年の廃村探索はこれにて終了。
年間の初訪廃校廃村数は57か所(従来52か所の自己ベストを更新)となり、
徳島県の廃校廃村12か所の年内完訪が叶った。 

 

 

 画像1 杖立・宅地跡付近で見つけた瀬戸物のかけら

 

 

 画像2 山道の終点(正面に林道の起点が見える)

 

 

 画像3 新名杖立口まで戻って、記念写真を撮る

 

  (平成29年12月2日(土) 午前11時35分〜12時50分頃)

 

徳島県美馬市(旧穴吹町) 杖立(その7)

  • 2017.12.22 Friday
  • 07:00

平成29年12月上旬、徳島県の廃村探索、
杖立分校跡の少し先、小さな稜線の上にはお地蔵さんがいて、
そばには電線がない電柱が一本建っていた。
お地蔵さんの前には徳利と猪口があったので、水を供えて手をあわせ、
無事杖立に到達したことに感謝した。

 

 

 画像1 杖立・稜線上のお地蔵さん(その1)

 

 

 画像2 稜線上の電線がない電柱

 

 

 画像3 稜線上のお地蔵さん(その2)

 

  (平成29年12月2日(土) 午前11時15分〜11時30分頃)

徳島県美馬市(旧穴吹町) 杖立(その6)

  • 2017.12.21 Thursday
  • 07:07

平成29年12月上旬、徳島県の廃村探索、
宅地跡からスギの倒木がある林の中を歩き、枯れ沢を超えると、
一目でそれとわかる分校跡(標高780m)に到着した。

 

半平小学校杖立分校は、へき地等級3級、児童数8名(S.34)、
明治18年開校、昭和44年閉校。
現在の分校跡の建物は昭和34年にへき地集会所を兼ねて建てられたもので、
雑木に覆われた石垣上の分校跡では建物の基礎と水回り(風呂とトイレ)が見られた。

新名杖立口から歩いて1時間半、まったくの山中に
「よく昭和44年まで分校が存続したものだ」と思った。

 

杖立の離村時期ははっきりしないが、
昭和50年の古宮局郵便区全図には、杖立は載っていない。

 

 

 画像1 杖立・ひと目で分校跡とわかった建物の基礎

 

 

 画像2 分校跡ではタイル張りの水回り(風呂とトイレ)が見られた 

 

 

 画像3 分校跡の敷地も石垣の上にある

 

  (平成29年12月2日(土) 午前11時5分〜11時35分頃)
 

徳島県美馬市(旧穴吹町) 杖立(その5)

  • 2017.12.20 Wednesday
  • 06:54

平成29年12月上旬、徳島県の廃村探索、
小さな祠が建つ杖立峠の300mほど東のピーク(標高900m)から尾根の山道を西に向かうと、
杖立峠(鞍部)の分岐についたが,案内板の類は一切なかった。


分岐の先の山道には崩落箇所があり,上を巻くことで何とか進めたが,その後道筋はどんどん怪しくなった。

それでも専用GPSを駆使し、勘を働かせながら斜めに下っていくと,
石垣の上に均された平地、家屋の瓦礫や風呂釜が残る宅地跡に到着した。
地図を確認すると、目標の分校跡までの距離はあと200mほどだ。

 

 

 画像1 杖立峠の少し先、比較的はっきりした杖立までの山道

 

 

 画像2 杖立峠−杖立間(道筋が怪しい地点)、専用GPSで現在地を確認する

 

 

 画像3 杖立、家屋の瓦礫や風呂釜が残る宅地跡に到着

 

  (平成29年12月2日(土) 午前10時20分〜10時50分頃)
 

徳島県美馬市(旧穴吹町) 杖立(その4)

  • 2017.12.19 Tuesday
  • 07:11

平成29年12月上旬、徳島県の廃村探索、
普段は持ち歩かない専用GPSで場所を確認したところ、
新名からの杖立への上り口(新名杖立口、標高840m)はクルマを停めた場所に間違いなさそうだ。
しかしピンクリボンが続く林道の南側は急勾配の山肌が続き、
杖立峠(鞍部)に向かう山道の気配がつかめない。

 

仕方なく林道の最終地点まで歩き、延長線の山道を歩くと、
急勾配ながら山肌に黄色の標柱とピンクリボンがあったので、
これをたどってぐんぐん上った。

登り着いた場所は、杖立峠の300mほど東のピーク(標高900m)で、
小さな祠が祀られていたので、
 「無事杖立まで行けますように」と手をあわせた。

 

 

 画像1 新名杖立口から杖立までの険しいけもの道(その1)

 

 

 画像2 新名杖立口から杖立までの険しいけもの道(その2)

 

 

 画像3 標高900mのピークに祀られていた小さな祠

 

  (平成29年12月2日(土) 午前9時40分〜10時5分頃)
 

徳島県美馬市(旧穴吹町) 杖立(その3)

  • 2017.12.18 Monday
  • 06:17

平成29年12月上旬、杖立(つえたて)行きのリベンジに、徳島県にやって来た。
2日(土)、穴吹の宿「油屋 美馬館」での起床は早朝5時半頃。
天気は快晴で、未明の空には北斗七星、オリオン座などたくさんの星が輝いている。
宿にフリーのドリンクコーナーがあったので、
昨日土産に買ったすだちタルトと飲み物で朝食の代わりとする。

 

7時45分頃に宿を出発し、R.438を南に下っていると、昔ながらの商店が見当たったので、
店の方(Aさん、70代ぐらいの女性)に
「温かいペットのお茶はありますか」と尋ねると、
「お茶なら火鉢のやかんのお湯が湧いたから、飲んでいきませんか」とのお返事。
ありがたく火鉢にあたりながらお茶を飲んでいると、
Aさんから「いただきものだから」と赤飯をちょうだいすることになった。
ゆずを加えた赤味噌をつけると、とてもよい味になった。

 

旧宮内小学校付近から杖立への上り口がある新名(Shinmyou、おそらく廃村)へ向かう道は舗装だが、
ぐんぐん高度を上げるので、やや心細い。
閉ざされた最終民家から先の林道はいよいよ頼りなくなり、
舗装が途切れて間もなく「クルマはこの辺りまでかな」という駐車スペースがあったので、
クルマを停めて、山歩きモードに頭を切り替える。
時間は9時半になっていた。

 

 

 画像1 旧宮内小学校(平成26年閉校)で見かけた二宮金次郎像

 

 

 画像2 落ち葉が積もる新名杖立口までの林道

 

 

 画像3 新名杖立口(「クルマはこの辺りまでかな」という駐車スペース)

 

  (平成29年12月2日(土) 午前8時35分〜9時35分頃)
 

徳島県美馬市(旧穴吹町) 杖立(その2)

  • 2017.12.17 Sunday
  • 07:57

平成29年10月上旬、徳島県の廃校廃村探索、
古宮大平から杖立(つえたて)を目指して、荒れた山道を歩いて進んだが、
三つ目の谷(13時38分着)が崩落しており、行く手を阻まれた。
稜線に上って谷を巻こうとしたが、道筋は見つからず、14時に撤退を余儀なくされた。

 

戻り道でお会いした薬草採りの男性によると、
「口山の新名(しんみょう)から杖立のそばまで林道が通じている」とのこと。
また、帰宅後の調べで、半平山には登山道があり、
杖立に通じる山道がある取首大師堂(杖立の南南西1.5km)には登山の途中に行けることがわかった。

 

杖立に行けなかったのは相当に悔しかったが、

往時のメインの山道を選んで未達だった後、
リベンジで別の道を選ぶというのは、流れとしてちょうどよい感じがしている。
どちらの道を選ぶべきか、悩むところだが、
可能であれば年内にリベンジしたいところだ。

 

 

 画像1 古宮大平−杖立の山道は、崩落で途切れていた

 

 

 画像2 稜線に上って谷を巻こうとしたが、道筋は見つからかった

 

  (平成29年10月11日(水) 午後1時35分〜2時10分頃)
 

徳島県美馬市(旧穴吹町) 杖立(その1)

  • 2017.12.16 Saturday
  • 09:24

平成29年10月上旬、徳島県の廃校廃村探索、
樫山に続いては、同じく旧穴吹町の農山村の廃村 杖立(つえたて)を目指した。

 

杖立は半平山(標高1016m)の北東1.5km、稜線に近い山中(標高780m)にあり、
車道は通じていない。
五万地形図(剣山、S.46)を見ると、樫山の集落名は消えているが、杖立は集落名に加えて文マークが記されている。
杖立へと続く山道は古宮大平からと川瀬、葛籠(Tsudurou)からのものがあるが、
メインのは古宮大平からのものと思われる。

半平小学校杖立分校は、へき地等級3級、児童数8名(S.34)、明治18年開校、昭和44年閉校。
離村時期ははっきりしないが、昭和50年の古宮局郵便区全図には、杖立は載っていない。

 

古宮大平到着は12時30分頃。最終民家に人の気配はなく、
杖立へ向かう山道にはシュロの木を目印として草藪を漕いで何とか取り次いだ。
「一つ目の谷 12時50分」、「二つ目の谷 12時58分」というふうに
現在地と時間を「地理院地図」Webの写しにプロットしながら、荒れた山道を歩いて進んだ。

 

 

 画像1 市道の行き止まり,古宮大平の最終民家に人の気配はなかった

 

 

 画像2 杖立に向かう山道は予想よりも荒れていた

 

 

 画像3 山道で見かけた怪しいキノコ

 

  (平成29年10月11日(水) 12時30分〜午後1時頃)
 

徳島県美馬市(旧穴吹町) 樫山(その2)

  • 2017.12.15 Friday
  • 07:04

平成29年10月上旬、徳島県の廃校廃村探索、
旧穴吹町の農山村の廃村 樫山(かしやま)、まず目を引いた何かを祀っていたと思われる、
石積みの空間には、「神社だったのではないか」という雰囲気が漂っていた。
神社跡らしき場所の対面にクルマを停めて周囲を探索すると、
枯れ沢(大内谷川の沢)沿いに大規模な石垣が見つかり、
沢沿いに進むと見事な高さ(約5m)の石垣の角が見つかった。

 

宮内小学校樫山分校は、へき地等級3級、児童数5名(S.34)、明治35年開校、昭和38年閉校。
樫山の閉村時期も閉校の頃と思われる。
沢沿いの石垣から坂を上っているうちに「分校跡に続くのではないか」と思わせるゆるい石段が見つかり、
石段を上っていくと、クルマを停めた平地にたどり着いた場所にたどり着いた。
それは郵便区全図(口山局、S.31.2)の文マークの場所とも一致しており、
とりあえずここを分校跡と推定した。

 

 

 画像1 樫山・「神社だったのではないか」という雰囲気が漂う石垣の空間     

 

 

 画像2 沢沿いの見事な高さの石垣の角

 

 

 画像3 「分校跡に続くのではないか」と思わせるゆるい石段

 

  (平成29年10月11日(水) 午前10時〜10時30分頃)
 

徳島県美馬市(旧穴吹町) 樫山(その1)

  • 2017.12.14 Thursday
  • 07:21

平成29年10月上旬、徳島県の廃校廃村探索、
谷道探索の翌日は、旧穴吹町の農山村の廃村 樫山(かしやま)、
杖立(つえたて)を目指した。

 

旧一宇村から峠を越えて旧穴吹町に向かい、
旧宮内小学校(樫山分校の本校)あたりでR.492に出て、
すぐに樫山の最寄集落 猿飼へ向かう細い市道へと入る。
市道には枝道がたくさんあって、カーナビがなかったら迷っているに違いない。
猿飼集落を通り、神社(新田神社)よりも先は山に向かう感じになるので、
五万地形図(脇町、S.46)を確認すると、鳥居マークは樫山寄りに記されていた。
このことから、
「この道をそのまま進むと樫山に近づくことだろう」と確信できた。

 

神社を過ぎてすぐに、道はコンクリ舗装になって林道区間に入ったようだ。
「林道 高越二戸線」という看板が建つ真新しいコンクリ舗装の林道を3劼曚豹覆爐函
古い石垣のそばに石臼、酒瓶が置かれた場所に着いた。
クルマで現地まで行けるとは予想しなかったが、
私は「樫山に到着した」ことを確信した。

 

 

 画像1 樫山の最寄集落 猿飼の風景

 

 

 画像2 ススキは出ているが、真新しくて快適な林道 高越二戸線

 

 

 画像3 石垣と石臼に、樫山集落跡に着いたことを確信する

 

  (平成29年10月11日(水) 午前9時20分〜9時55分頃)
 

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

recommend

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM