入山・林道畑ノ沢線

  • 2019.11.12 Tuesday
  • 06:23

令和元年11月初旬、福島県の廃村探索、
入山中心部からは、林道畑ノ沢線のゲートを越えて、1.5卆茲瞭山分校跡地まで歩いた。

林道畑ノ沢線の轍ははっきりしており、平日は普通にトラックが走っていそうだ。


高城小学校入山分校は、へき地等級3級、児童数59名(S.34)、昭和13年開校、同39年閉校。
昭和32年の郵便区全図で文マークの少し手前に載っている畑ノ沢橋、たどり着いて欄干を見ると「昭和53年3月竣工」とあった。
橋は川から見るとやや高い場所にあり、盛り土などがなされた可能性が高い。

 

入山分校跡推定地に、痕跡は何も見当たらなかった。
しかし、昨夏はゲートを見て撤退したので、現地に行って確認できたことだけで、十分満足感を得ることができた。

 

 

 画像1: 林道畑ノ沢線で見かけた、用途がわからない営林関係の用具

 

 

 画像2: 昭和53年竣工の畑ノ沢橋

 

 

 画像3: 入山分校跡推定地で、比較的フラットだった平地

 

 

 画像4: 渓流の近くを通る未舗装の林道に、崩落や土砂の流入箇所はなかった

 

  (2019年11月3日(日祝)午後2時50分〜3時10分頃)
 

入山 再訪

  • 2019.11.11 Monday
  • 07:00

令和元年11月初旬、福島県の廃村探索、
中ノ沢から大梅砂防堰堤まで、歩いて戻ってからは、
昨夏、Mさんとのツーリングでも訪ねた入山へと向かった。
前回は大子・矢祭方面から向かい、散々迷ったが、今回は棚倉・塙方面から。
カーナビを仕掛けたこともあり、迷わずたどり着けた。

 

入山はこれで3回目(初訪は平成20年11月)。
今回は入山の中心部といえる畑ノ沢への分岐がある三差路でクルマを停めて、
三差路から1.5卆茵畑ノ沢にあったと思われる入山分校の跡地を目指して歩く。
三差路の写真を撮ると、前回意識しなかった幟の柱があることに気が付いた。
「神社では祭りが行われているのかもしれないな」と思った。

 

 

 画像1: 入山三差路・幟の柱があることに気が付く
      昨夏撮った画像を見直すと、幟の柱部分のみ写ったものが見つかった

 

 

 画像2: 入山・大山祇神社の鳥居
      神社は、地域の営林事業会社(真名畑林業)が管理している

 

 

 画像3: 林道畑ノ沢線のゲート
      前回はこのゲートに阻まれたが、今回は越えて歩くつもりで来ている

 

  (2019年11月3日(日祝)午後2時40分頃)
 

中ノ沢から大梅砂防堰堤への道

  • 2019.11.10 Sunday
  • 07:17

令和元年11月初旬、福島県の廃村探索、
中ノ沢営林集落跡からは、クルマを停めた大梅砂防堰堤まで、4kmの道のりを歩いて戻った。

 

土砂が流入している箇所があるとはいえ、県道だけあって、山道よりはずっと歩きやすい。
紅葉はまだまだだが、落葉積もる渓流沿いの道は、なかなかよいものだ。

 

「営林集落に暮らしがあった頃、この道はどんなを様子だったんだろう」
林鉄の線路を再利用した古い交通標識を見つけて、ふとそんなことを思った。

 

 

 画像1: 県道八溝山線・林鉄の線路を再利用した「徐行」の交通標識
      営林集落に林鉄はつきものだが、昭和32年の郵便区全図に林鉄は載っていない

 

 

 画像2: 道中で見かけたマムシグサ
      秋にできる赤い実は、よく目を引く


 

 画像3: 「久慈川国有林」の標示板
      青地に白文字の標示板はよく見るが、久慈川のものは初めて見た
      分校の名称とリンクしているのがよい

 

  (2019年11月3日(日祝)12時40分〜午後1時20分頃)

 

中ノ沢 再訪

  • 2019.11.09 Saturday
  • 07:03

令和元年11月初旬、福島県の廃村探索、棚倉町の中ノ沢(なかのさわ)営林集落跡、
11年前(平成20年11月3日)は、八溝山頂方面から枯葉が積もる未舗装の県道を走って出かけた。

中ノ沢にあった高野小学校久慈川分校は、へき地等級2級、児童数24名(S.34)、昭和5年開校、同40年閉校。
土場となった中ノ沢集落跡には、分校跡の標柱と「暁の光の如く 東京営林局技術員養成所跡」と刻まれた石碑が建っていた。

 

再び訪ねた中ノ沢、集落跡付近の県道は舗装となっており、八溝山頂方面からの道は通じている様子だった。
「暁の光の如く」の碑は建っていたが、分校跡の標柱は根元が朽ちて倒れていた。
「標柱は長くは残らないものなんだなあ・・・」と思いながら、土場の材木に座って昼食休みをとった。
少し距離があったからなのだろうか、県道をキツネが歩いて来て、碑の前でしばし留まって、もと来た方向に戻っていった。

 

 

 画像1: 中ノ沢・久慈川分校跡標柱と「暁の光の如く」の碑

 

  (2008年11月3日(月祝)正午頃)

 

 

 画像2: 「暁の光の如く」の碑と広葉樹

 

 

 画像3: 碑の裏手に倒れた標柱が横になっていた

 

 

 画像4: 舗装となった県道八溝山線

 

  (2019年11月3日(日祝)正午頃)
 

中ノ沢への道(その2)

  • 2019.11.08 Friday
  • 07:20

令和元年11月初旬、福島県の廃村探索、棚倉町の中ノ沢(なかのさわ)営林集落跡への道、
大梅砂防堰堤から少し先には崩落箇所があり、その後もたびたび土砂で埋まった箇所があった。
その様子は、10月の豪雨災害によるものばかりではないように見えた。

昨夏、旧知の友人Mさんと一緒にバイクで中ノ沢へ向かったとき、仮に棚倉から先に進めていても、
「おそらく行けなかっただろうなあ・・・」
と思えば、儲けものをしたような気分になった。

 

歩き始めて1時間ほど、県道はクルマが通ることができる雰囲気になり、やがて中ノ沢への到着を示す土場(木材集積場)に到着した。
八溝山頂方面からの道は通じているようだが、棚倉方面からたどり着くことができ、満足度は高かった。

 

 

 画像1: 県道八溝山線では、崩落箇所、土砂の流入箇所がたびたび見られた

 

 

 画像2: 落ち葉が積もる道が、川の源流に寄り添って続く

 

 

 画像3: 歩き始めて1時間10分ほど、中ノ沢土場に到着する

 

  (2019年11月3日(日祝)午前11時〜11時50分頃)
 

中ノ沢への道(その1)

  • 2019.11.07 Thursday
  • 07:08

令和元年11月初旬、福島県の廃村探索、
いちばんの目的は、棚倉町の中ノ沢(なかのさわ)営林集落跡を11年ぶりに訪ねることだ。
昨年、夏の日の午後、旧知の友人Mさんと一緒にバイクで中ノ沢へ向かったのだが、
棚倉に着く手前で雨が降って来て、山に雷雲がかかっているのを見て引き返したから、
その時のリベンジという側面もある。

 

中ノ沢へ向かう道は「林道」だと思っていたのだが、調べると、八溝山線という「県道」だった。
最終集落 大梅を過ぎると、道は頼りなくなり、1kmほどで通行止めを示すコーンが見当たった。
「おじゃまします」といって、コーンを除けて先へ進むと、10月の大雨の影響で道に土砂と水が溜まった区間が現れた。
「このくらいなら、何とかなるけどなあ・・・」と思いながら先へ進むと、
がっちりガードがなされた通行止の表示が登場した。

県道の距離表示と手元の資料を組み合せたところ、片道4卻發韻价罐梁瑤泙嚢圓韻襪海箸わかった。
「歩ける程度の荒れ方でありますように」と祈って、ゲートを越えて、先へと歩いた。

 

 

 画像1: 県道八溝山線・通行止を示すコーン


 

 画像2: 道に土砂と水が溜まった区間

 

 

 画像3: 「本気レベル」の通行止の表示

 

 

 画像4: 秋景色の久慈川源流部(大梅砂防堰堤)

 

  (2019年11月3日(日祝)午前10時30分〜10時50分頃)
 

福島県の廃村に行ってきました

  • 2019.11.04 Monday
  • 07:50

令和元年11月初旬、日帰りで福島県の廃村に行ってきました。
訪ねた廃校廃村は、棚倉町中ノ沢、塙町入山の2か所です(再訪2か所)。

 

来春発行予定の市販本『廃村百選』(仮タイトル)制作のため
今年の年始にざっくり立てた年間旅行計画の最後の旅です。
現地を流れる久慈川は、10月の豪雨で氾濫しており、心配しましたが、
無事目的地にたどり着くことができて、安堵しています。

 

交通手段は、当初土浦からのレンタバイクで1泊2日の旅程を考えていましたが、
実行1週間前に大田原(野崎)からのレンタカーに変更しました。
時間的にも金額的にも、夕方雨が降ったことを考えても、この判断は正解でした。

 

 

 画像1: 中ノ沢手前2辧Ω道八溝山線の通行止区間(片道4辧砲鯤發

 

 

 画像2: 中ノ沢・「暁の光の如く」の碑(久慈川分校跡)

 

 

 画像3: 入山・林道畑ノ沢線(片道1.5辧砲鯤發い橡ねた入山分校跡推定地の風景

 

  (2019年11月3日(日祝)午前11時〜3時頃)

 

福島県塙町入山(その5)

  • 2018.09.01 Saturday
  • 07:15

平成30年8月下旬、福島県の廃村探索、
入山三差路から八溝山に向かって出発したのはよいが、
「閉まったゲートがある」とのことで、おそるおそるだ。

思ったよりも急な上り坂を進むと、やがて峠があって
坂は下りに変わった。

 

「何か変だな」と思いながら進むと、やがて別の三差路にたどり着いた。

「どうも道を誤って、茗荷川のほうに来てしまったようです」と私。
「え、なんで」とMさん。
手元の地図を見ても、入山−茗荷川間の道ははっきりわからず、
越えているはずの八溝川の橋もわからない。
もしかすると、暗渠になっていたのか。
あまり状態のよい道ではなかったので、来た道を戻らず、
茗荷川を下って撤収することになった。

 

 

 画像1: 入山三差路に停まるCRF250ラリー
    BAJAと比べると重いバイクだったが、走りはスムーズだった。
    走行距離はおよそ310辧おつかれさまでした。

 

  (2018年8月25日(土)午後1時50分頃)

 

 

 画像2: 入山三差路と奥茗荷三差路の関係図
    「地理院地図」Webの地形図に、情報をプロットした。
    高城局郵便区全図(S.32.9.30)によると、
    奥茗荷には13戸と、造林事業所が記されている。
    ちなみに奥茗荷は、地形図では「入山」なのだが、
    まぎらわしいので、茗荷川の奥=「奥茗荷」とした。
 

福島県塙町入山(その4)

  • 2018.08.31 Friday
  • 07:19

平成30年8月下旬、福島県の廃村探索、
畑の沢への道を閉ざすゲートの前、「片道1.5卻發べきか」と考えたが、
今回はバイクを走らせることが主目的なので、
比較的あっさりと畑の沢行きをあきらめた。

 

入山三差路に戻って、林道の案内板を撮っていると
Mさんから「神社があるよ」と声がかかった。
「おお、神社発見!」と言って、喜ぶ私(^^)

 

「分校跡に行けなかったかわりに、神社を見つけたから、まあよいか」
と思っていたのだが、
10年前のレポートを読み直すと
>分校跡の特定はできませんでしたが,山の神様(大山祇神社)を見つけることができました
の一文があり、神社が新たな発見ではなかったことがわかった。

 

 

 画像1: 入山三差路付近・大山祇神社の鳥居

     鳥居の足には「平成10年4月吉日」「真名畑林業有限会社」と刻まれていた。

 

 

 画像2: 大山祇神社の石碑

 

 

 画像3: 大山祇神社のご本尊

 

  (2018年8月25日(土)午後1時50分頃)
 

福島県塙町入山(その3)

  • 2018.08.30 Thursday
  • 07:19

平成30年8月下旬、福島県の廃村探索、
大きな土場(材木置き場)を過ぎたあたりで、材木をいっぱい積んだトラックとすれ違った。
運ちゃんにご挨拶して、話をしたところ、
「しばらく走るとゲートがあって、八溝山方面には行けない」とのこと。
行く手に黄信号がともったが、Mさんと相談して、
「行けるところまで行こう」と決める。

 

土場から3分ほど走ると、はっきりした三差路があって、
枝道の脇には「畑の沢林道 昭和52年度 棚倉営林署」という案内板があった。
無事、入山三差路に到着できてホッと一息。
高城局郵便区全図(S.32.9.30)によると、
三差路の小地名は篠崎(7戸)で、営林集落の事業所(真名畑事業所)がある。
その他、下流側に小屋平(2戸)、上流側に佐倉(6戸)、鼻栗(4戸)、
畑の沢側に畑の沢下(1戸)、畑の沢(7戸)、畑の沢上(8戸)とある。
計35戸というとなかなかの規模だが、ずいぶん広範囲に散らばっている。

高城小学校入山分校は、へき地等級3級、児童数59名(S.34)、昭和13年開校、昭和39年閉校。
文マークは畑の沢にある。

 

「よっしゃ、分校跡を目指しましょう!」と枝道に入って少し走ると、
残念なことに、行く手はゲートで閉ざされていた。

 

 

 画像1: 入山三差路・畑の沢林道の案内板

 

 

 画像2: ゲートに閉ざされた畑の沢林道

 

  (2018年8月25日(土)午後1時45分頃)
 

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