秋田県横手市(旧山内村) 外山(未到達)

  • 2018.12.27 Thursday
  • 07:16

平成30年9月中旬、秋田県の廃村探索3日目、
福万から外山(そでやま)までは4辧
「いよいよこの旅の千秋楽」と思いきや、ちょうどその中ほど、赤水集落跡辺りで「全面通行止」「立入禁止」という案内板に出くわしてしまった。
何でも道路崩落があったらしい。

 

よく見ると迂回路が記されていたが、使う気にはなれず、外山行きはまたの機会に回すことになった。
悔しいところだが、疲れのたまり方と大曲駅午後2時という条件を考えると、妥当な判断だったといえる。
おにぎりは福万よりも下流側、大松川ダム公園の一角で、妻と二人で旅を振り返りながら食した。
妻は泥湯温泉の風情と、1日目の夕方に訪ねた軽井沢の薄気味悪さが印象に残ったそうだ。

 

 

  画像1 赤水・「全面通行止」「立入禁止」の案内板に行く手を阻まれる 

 

 

  画像2 赤水付近で見かけたカマキリ

                  画像を撮った直後、クルマにひかれてしまった

 

  (2018年9月18日(火)12時30分頃)
 

秋田県横手市(旧山内村) 福万

  • 2018.12.26 Wednesday
  • 06:54

平成30年9月中旬、秋田県の廃村探索3日目、
川原毛に続く目標の 旧山内村福万(ふくまん)、外山(そでやま)には、林道を使って旧雄勝町秋ノ宮に出て、R.108、R.13で横手市街に出るルートで向かった。
しかし、泥湯方面に戻り、R.398を使うルートのほうが良かったようだ。
川原毛を出発してからナビの機嫌が悪かったのは、「泥湯に戻ったほうがよいよ」との呼びかけだったらしい。
忘れ物による時間のロスもあったりで、だいぶ疲れがたまってきているようだ。

 

横手市街からブドウの即売所が目立つ R.107を走り、旧山内村中心部のコンビニで昼食用おにぎりを調達し、
大松川ダム(昭和61年竣工)堤体の駐車場に着いたときには正午近くになっていた。

 

松川小学校福万分校は、へき地等級2級、児童数40名(S.34)、明治7年開校、昭和60年閉校。
福万集落は、みたけ湖というダム湖に架かる2つ目の橋(福万橋)を渡ったあたりの川沿いにあった。
湖の水量は少なく「何かしら痕跡が見えないか」と思ったが、その執念は薄かった。
県道273号(外山落合線)沿いには材木と養蜂の巣箱が見当たったが、集落のことを偲べるものは「福万橋」「福万小橋」の標記ぐらいだった。

 

 

  画像1 大松川ダム堤体に建つ記念碑 

 

 

  画像2 福万・集落跡近辺を通る県道には材木置き場があった

 

 

  画像3 福万橋から見た集落跡(みたけ湖)

      左側T字形のコンクリの橋は 福万小橋

 

  (2018年9月18日(火)正午〜12時10分頃)
 

秋田県湯沢市 川原毛

  • 2018.12.25 Tuesday
  • 07:05

平成30年9月中旬、秋田県の廃村探索3日目、
女将の見送りを受けて泥湯温泉を出発したのは朝8時頃。
続いて訪ねた湯沢市川原毛(かわらげ)は鉱山集落で、標高665mの深い山中にあり、
須川局郵便区地図(S.38.5)には17戸とある。


泥湯から川原毛地獄駐車場までは1劼曚鼻
しかし、クルマで川原毛鉱山集落跡に行くには、上の岱地熱発電所を経由する6劼瞭擦鯆未襪蕕靴ぁ
どういうことかと思ったら、川原毛地獄駐車場−集落跡は1匱紊諒眛擦任靴行けないからだった。

川原毛地獄は、青森県の恐山、富山県の立山と並ぶ日本三大霊地の一つと言われており、
鉱山集落跡の少し先には大湯滝と呼ばれる天然の露天風呂があるという。
真っ白な地面から水蒸気や硫化水素が湧き出る中、下りの道を歩いていくと、やがて神社の拝殿が見えて、集落跡に到着した感がした。

 

高松小学校川原毛冬季分校(のち坊ヶ沢小学校川原毛分校)は、へき地等級4級、児童数5名(S.34)、昭和15年開校、昭和42年閉校(休止期間あり)。
川原毛硫黄鉱山は、江戸期から昭和41年まで断続的に開かれていたらしい。
鉱山集落や分校は地蔵菩薩が建っている平地あたりにあったそうだが、鉱山や集落に係わるものは、神社の拝殿ぐらいしか見当たらなかった。

 

集落跡には川原毛大湯滝駐車場があるが、通じる道の途中に落石箇所があるため、平成30年は通行止とのこと。
大湯滝には行けなくはなかったが、渓谷の下に屋根が見えたとき「よし行くぞ」という気分になれず戻ってしまった。
今から思えばもったいなかった。

 

 

  画像1 真っ白な地面が印象的な川原毛地獄

 

 

  画像2 鉱山集落を偲ばせる神社の拝殿

 

 

  画像3 川原毛鉱山集落跡には、地蔵菩薩が建っている

 

  (2018年9月18日(火)午前8時30分〜10時頃)

秋田県湯沢市 泥湯

  • 2018.12.24 Monday
  • 07:17

平成30年9月中旬、秋田県の廃村探索3日目、
泥湯温泉での起床は朝6時頃。夜はよく冷えたが、露天風呂に入り、さらに宿の温泉に入っているうちに、ほどほどに温まった。
温泉集落 泥湯(どろゆ)は、標高705mの深い山中にあり、須川局郵便区地図(S.38.5)には5戸とある。

 

道沿いの山肌からは硫化水素が発生するため、各所に「立入禁止」の掲示板が立っている。
湯宿の手前には、数棟の温泉付き別荘が建っている。

朝食後に妻と神社(薬師神社)まで歩くと、拝殿へと続く石段の横には柵が施され、立入禁止となっていた。
硫黄臭が漂う中、その雰囲気は異様なものがあり、妻は「怖いから早く戻ろう」と言っていた。
実際、泥湯では平成17年12月に、旅行客の一家4名が硫化水素中毒で亡くなる事故が起きている。

 

高松小学校泥湯冬季分校(のち坊ヶ沢小学校泥湯分校)校は、へき地等級5級、児童数5名(S.34)、昭和25年開校、昭和50年閉校。
校舎は奥山旅館に払い下げられ、その別館として残っている。
私は火事のことを心配していたが、被災を免れ、道の対面に移築されていた。
しかし、小椋旅館の女将の説明を伺わなかったら、校舎とは思わなかったことだろう。
奥山旅館の火災の頃から温泉集落に住まれるのは小椋旅館の方だけになったという。

 

 

  画像1 泥湯・温泉集落の全景

 

 

  画像2 神社の参道は立入禁止のロープに挟まれている

 

 

  画像3 旅館の別館として、分校跡の校舎が残る

 

   (2018年9月18日(火)午前8時〜8時15分頃)

泥湯温泉

  • 2018.12.22 Saturday
  • 07:44

平成30年9月中旬、秋田県の廃村探索2日目、
この日の宿 泥湯温泉「小椋旅館」は、仁郷から栗駒山麓を回って40劼竜離にある。
時間はやや押し気味だったが、景色がよく、交通量が少ない道を快適に走ると、
温泉宿到着はほぼ予定通りの夕方5時5分となった。

 

泥湯温泉には現在2軒の宿があるが、もう一つの宿「奥山旅館」は平成28年7月に火災があり、
工事のため休館となっていた(平成31年春再建予定)。
泥湯も廃校廃村のひとつだが、探索は明朝に行うこととした。

 

小椋旅館の温泉のpHは2.1と酸性が高く、高温で硫黄の匂いが強い。
妻は「どうやって体を洗うのかな」と不思議がっていたが、女将に尋ねたところ、
「温泉にはいくつか系統があって、打たせ湯の温泉を使って洗っている」
とのことだった。

 

 

  画像1 泥湯温泉・この日泊まった「小椋旅館」

 

 

  画像2 工事中の「奥山旅館」

 

 

  画像3 硫化水素が発生するため、温泉集落の中には立入禁止の看板が多数立つ

 

 (2018年9月17日(月祝)午後5時30分〜5時40分頃)
 

秋田県東成瀬村 仁郷

  • 2018.12.21 Friday
  • 06:45

平成30年9月中旬、秋田県の廃村探索2日目、
3番目(この日最後)の廃校廃村 東成瀬村仁郷(にごう)は営林集落で、
檜山台からさらに3匸緡部、標高485mの山間にある。
東成瀬局郵便区地図(S.28.10)には21戸とある。

 

檜山台と同じく成瀬ダムの建設工事が行われているが、仁郷はダム堤体の上流にあり、
ダム完成時には集落跡は湖に沈む。
R.342には夢仙人トンネルという新ルートがあるが、これに続く新しいトンネル工事が進められていて、
現在のダム見学用スペースも湖に沈むことなのだろう。

 

大柳小学校仁郷分校は、へき地等級5級、児童数49名(S.34)、昭和25年開校、昭和37年閉校。
分校跡は R.342の分岐から500mの場所にあるが、ゲートは閉ざされていた。
しかし、檜山台とは異なり、赤滝という成瀬川本流の滝に向かう歩道が整備されていた。
クルマを停めて赤滝を目指して歩くと、途中から道は往時からのものとなり、
赤滝神社の社殿がそばに建つ滝までたどり着くことができた。
滝の地色が赤いのは、川水の鉄分によるものなのだろう。

 

 『秋田・消えた村の記録』(佐藤晃之輔著、無明舎出版刊、1997)の仁郷の記事には、
「集落跡は牧草地となっている」「赤滝神社は雨ごいの神様として親しまれ、村主催の祭りが行われている」と記されている。
20年強経ってその現況は大きく変わり、あと数年で赤滝も赤滝神社もなくなってしまうのだろう。

 

 

  画像1 仁郷・ダム建設現場の中に赤滝への道が整備されている

 

 

  画像2 赤滝神社の社殿が往時の雰囲気を伝える

 

 

  画像3 赤滝もダム完成時には湖に沈む

 

 (2018年9月17日(月祝)午後3時15分〜4時頃)
 

秋田県東成瀬村 檜山台

  • 2018.12.20 Thursday
  • 07:04

平成30年9月中旬、秋田県の廃村探索2日目、
東由利原に続く2番目の廃校廃村 東成瀬村檜山台(ひやまだい)は成瀬ダム建設に伴い離村した農山村で、
東成瀬村中心部から20辧標高430mの山間にある。
東成瀬局郵便区地図(S.28.10)には13戸とある。
『秋田・消えゆく集落180』には、「平成25年に最後の1戸が移転し無住になった」と記されている。

 

成瀬ダムは2024年の竣工に向けて、工事が進められている。
檜山台はダム堤体の下流部になるが、資材置き場として使われているらしく、集落跡は立入禁止となっている。
「ダムの手前にあるのに、移転って妙な話やね」と妻から声が上がった。

 

大柳小学校檜山台冬季分校(のち檜山台分校)は、へき地等級5級、児童数18名(S.34)、昭和32年開校、昭和54年閉校。
分校跡は R.342の分岐から1劼両貊蠅砲△襪、ゲートは厳重に閉ざされていた。
「何か集落の痕跡はないか」と国道沿いを注意深く観察すると、新しいコンクリの祠が見つかった。
祠の横には「奉齋 龍神神社 山神社 稲荷神社」と刻まれた碑が建っていた。
探索で見つけた檜山台集落の痕跡は、この祠のみだった。

 

 

  画像1 檜山台・集落跡に続く道は堅く閉ざされていた


 

  画像2 集落跡はダムの資材置き場となっている

 

 

  画像3 国道沿いに新しい祠が見つかった

 

 (2018年9月17日(月祝)午後2時25分〜2時45分頃)
 

秋田県由利本荘市(旧東由利町) 浮蓋

  • 2018.12.02 Sunday
  • 07:10

平成30年9月中旬、秋田県の廃村探索2日目、
東由利原からは、佐藤晃之輔さんの故郷 旧東由利町祝沢(いわいさわ)とその隣にある廃村 浮蓋(うきふた)を目指した。
途中、旧東由利町内のR.107沿いでは、秋田名物 ババヘラアイスを食することができた。
ナビは東成瀬村へ向かうにあたり、県道48号(横手東由利線)を通しなくないらしく、無視して県道を進んでいると、やがて仕事を放棄した。
この状態は旧増田町で R.342に合流するまで続いた。

 

祝沢は横荘鉄道跡の県道沿いの細長い集落で、地区会館が建つ祝沢分校跡地(分校は昭和53年閉校)は再訪ながら、簡単に見つけることができなかった。
浮蓋は最盛期6戸の小集落だが、峰越えのトンネルのそばにあるため、かつては鉄道の駅(浮蓋駅)があった(昭和28年廃止)。

 

『秋田・消えゆく集落180』(佐藤晃之輔著、秋田文化出版刊、2017)によると、浮蓋の離村時期は平成10年。
表紙に取り上げられた家屋と、鉄道の頃からのトンネルは健在だった。
今回の再訪で、祝沢分校跡と浮蓋の家屋は、互いに直接見ることができるぐらいの距離にあることがわかった。

 

 

 画像1:祝沢分校跡から浮蓋方面を見る

 

 

 画像2:浮蓋・『秋田・消えゆく集落180』の表紙に取り上げられた家屋


 

 画像3:鉄道の頃からの浮蓋トンネル

 

 (2018年9月17日(月祝)午前11時頃)
 

秋田県由利本荘市(旧由利町) 東由利原

  • 2018.12.01 Saturday
  • 07:37

平成30年9月中旬、秋田県の廃村探索2日目、
猿倉温泉出発は朝8時頃。夜の雨はあがり、雲がかかっているが鳥海山の頂も見える。
朝一番で訪ねた旧由利町東由利原(ひがしゆりはら)は戦後開拓集落で、標高280mの高原(由利原高原)にある。
前郷局郵便区地図(S.46.6)には10戸とある。
『秋田・消えた開拓村の記録』(佐藤晃之輔著、無明舎出版刊、2005)には、「昭和31年に地元二・三男12戸が平均4ヘクタールの土地配分を受けて入植した」と記されている。

 

「地理院地図」Webの地形図には十字路の北東側に鳥居マークがあり、この辺りが開拓集落の中心部だったが、探索しても神社の存在はわからなかった。
十字路の南西側には「団体営農道 東由利原地区」と記された案内板が立っていた。
西沢小学校東由利原冬季分校は、へき地等級4級、児童数5名(S.34)、昭和33年開校、昭和42年閉校。
分校跡は十字路の南東側にあるはずなのだが、痕跡は見当たらなかった。
東由利原の離村時期は昭和58年、最後の住民が里へ下りて無住になったが、「通いの耕作は続いている」という。
十字路の南側、広域農道沿いには廃屋が見当たり、背後には大きな風車が回っていた。
広域農道に並行する自転車道沿いには耕された水田が見つかった。

 

 

 画像1:東由利原・「団体営農道 東由利原地区」と記された案内板

 

 

 画像2:広域農道沿い、背後に大きな風車が回る廃屋

 

 

 画像3:自転車道沿い、耕された水田

 

 (2018年9月17日(月祝)午前9時〜9時40分頃)
 

秋田県由利本荘市(旧矢島町) 軽井沢

  • 2018.11.30 Friday
  • 07:04

平成30年9月中旬、秋田県の廃村探索、
細川 南外ダムからは、R.105で矢立峠を越えて由利本荘市に入り、旧大内町、旧東由利町を県道で抜けて、
この日最後の目標 旧矢島町の廃村 軽井沢(かるいざわ)を目指した。
途中、滝温泉は「どんな温泉か」興味が湧いたが、閉館になっており建物は廃墟になっていた。
後で調べたところ平成23年3月閉館とあった。

 

軽井沢は『秋田・廃村の記録』のフィールドワークでも立ち寄ったが、
離村時期は平成20年(『秋田・消えゆく集落180』(秋田文化出版刊、2017年)より)と新しいため、調査は行わなかった。
前回は「どこにクルマを停めたのか」はっきりしなかったが、今回は資料とカーナビを付け合わせてクルマを走らせたところ、再びインパクトがある通行止の標識に出会うことができた。


矢島小学校軽井沢冬季分校は、へき地等級3級、児童数15名(S.34)、昭和33年開校、昭和47年閉校。
分校跡は地形図と見比べても通行止の看板のすぐそばと思われるが、時間はすでに夕方5時20分。
妻を待たせるわけにもいかず、探索は10分弱で切り上げた。

 

 

 画像1:滝温泉 ホテルの廃墟 

 

 (2018年9月16日(日)午後4時40分頃)

 

 

 画像2:軽井沢・インパクトがある草に埋もれた通行止の標識

 

 

 画像3:道の近くに、数軒の廃屋が見当たった     . 

 

 (同 午後5時20分〜5時30分頃)
 

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