富山県南砺市(旧利賀村)北原、5度目の訪問

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    平成29年11月3日(金祝)、富山県の廃村探索の旅、
    この日最後の目的地 中河内(なかのこうち)出発は午後3時45分。
    この日の宿 利賀村北原(きたばら)の民宿「利賀乃家」までは40劼△辰燭、
    暗くなる前、午後5時頃に到着することができた。

     

    「利賀乃家」に泊まるのはこれで5回目。
    なじみの宿で食するイワナの刺身と五箇山の地酒「三笑楽」はとてもよくあった。

    翌4日(木)、起床は朝6時半頃。天気はあいにく雨時々曇。
    朝食をとって外の様子を見ると雨があがっていたので、
    私としては珍しく泥で汚れたクルマを掃除し、傷がないことを確認できて一息ついた。

     

    住まれるのは「利賀乃家」1戸のみの北原は、「廃村千選」のポイントでもある。
    妻を誘って宿の目の前、利賀小学校北原分校(昭和46年休校、昭和60年閉校)跡の奥にある
    八幡社までお参りに出かけた。
    前日秋祭りがあったという八幡社は整っていて、
    帰り道、神社の階段からはこれまでになく分校跡の平地がしっかりと確認できた。
    八幡社の少し先には家屋跡の石垣があるが、
    道は草に覆われて進む気にはなれなかった。

     

     

     画像1 北原・分校跡から見た「利賀乃家」の家屋と蔵

     

     

     画像2 秋祭りの後、整った八幡社

     

     

     画像3 八幡社の階段から見た分校跡の平地

     

      (平成29年11月4日(土) 午前8時30分〜8時40分頃)

     


    富山県南砺市(旧福光町)中河内(その2)

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      平成29年11月3日(金祝)、富山県の廃村探索の旅、
      中河内(なかのこうち)に到着したのは午後3時20分、橋の手前の大ぶりの作業小屋前に
      クルマを停めた。

       

      太美山小学校(のち南部小学校)中河内分校は、へき地等級4級、児童数20名(S.34)、
      大正12年開校、昭和45年閉校(移転も同年)。
      刀利ダムよりも上流にあるが、移転はダム建設と直接の係わりはない。
      橋を渡ったところには三基のお地蔵さんが並んでおり、
      分校跡の碑は橋の手前、作業小屋よりも手前にポツンと建っていた。
      碑の高さがどのぐらいあるのか気になったので、妻に私が並んだ写真を撮ってもらったところ、
      碑は2m近くあることがわかった。

       

      中河内集落跡の外れ、下小屋へと向かう県道には「通行止」の看板があったが、
      道は閉ざされてはいなかった。
      しかし、迷うことなくその先は次回のお楽しみとした。
      中河内から旧町村境のブナオ峠までの道には各所に落石や倒木があって、
      「まずクルマは走れない」という雰囲気になっているという。

       

       

       画像1 中河内・橋を渡ったところに並ぶ三基のお地蔵さん

       

       

       画像2 見た目よりも大きかった分校跡の標柱

       

       

       画像3 集落跡の外れ、下小屋へと向かう県道にあった「通行止」の看板

       

        (平成29年11月3日(金祝) 午後3時20分〜3時45分頃)


      富山県南砺市(旧福光町)中河内(その1)

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        平成29年11月3日(金祝)、富山県の廃村探索の旅、
        刀利からこの日最後の目標 中河内(なかのこうち)へ通じる道は
        県道(54号 福光上平線)なのだが、通じているだろうか。
        ちょうどバイクに乗った地域の方(Rさん、80代ぐらいの男性)が来られて、
        先述のTさんと話を始められた。
        ご挨拶をして道の様子を尋ねると
        「わしゃ中河内から来たんだから心配ない」と答えていただいた。

         

        Tさん、Rさんにお礼を言って中河内に向かって走ると、
        滝谷トンネルを越えたところでショベルカーが道を整える作業をしていて、
        しばし時間待ちをした。
        台風21号の通過から1週間。妻も私も、祭日に山中で復旧工事をしていることに
        感心することしきり。
        作業箇所を過ぎるとすぐに、ダム湖は川の流れに変わった。
        県道を渡る橋の手前に建物が見当たり中河内に到着したのは午後3時20分、
        辺りは夕方の雰囲気になっていた。

         

         

         画像1 刀利ダム湖畔・「中河内から先通行止」の案内板があるゲート

         

         

         画像2 トンネル内一方通行の滝谷トンネル

         

         

         画像3 中河内・夕方の雰囲気に包まれた集落跡中心部

         

          (平成29年11月3日(金祝) 午後3時10分〜3時20分頃)


        富山県南砺市(旧福光町)刀利(再訪)

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          平成29年11月3日(金祝)、富山県の廃村探索の旅、
          臼中からは県道(10号 金沢湯涌福光線など)をつないで、
          ダム建設に伴う廃村 刀利(とうり)を目指した。
          ダムに近づくに連れて「この先通行止」が気になってきたが、
          ダム湖東側の親水公園までたどり着くことができた。

           

          刀利は平成23年、ダム湖西側の広場に立ち寄っているが、
          ダム湖東側の親水公園を訪ねるのは今回が初めて。
          親水公園のそばには移転された方の家屋があって、
          掃除をされる地域の方(Tさん、80代ぐらいの女性)の姿が見られた。

           

          太美山小学校刀利分校は、へき地等級2級、児童数29名(S.34)、
          明治34年開校、昭和37年閉校(移転も同年)。
          刀利ダムの竣工は昭和42年。分校跡の標柱は、「懐郷」と刻まれた碑などとともに
          親水公園の中に建っていた。
          親水公園の先、湖の中に見える小島にかつて刀利の神社があった。

           

           

           画像1 刀利ダム堤体で見かけた「この先通行止」を示す電子掲示板        

           

           

           画像2 刀利・ダム湖畔に「懐郷」と刻まれた碑が建つ

           

           

           画像3 ダム湖畔には分校跡の碑も建つ

           

            (平成29年11月3日(金祝) 午後2時40分〜3時10分頃)

           


          富山県南砺市(旧福光町)臼中

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            平成29年11月3日(金祝)、富山県の廃村探索の旅、
            梨谷からはR.304 五箇山トンネルを抜けて、
            ダム建設に伴う廃村 旧福光町臼中(うすなか)を目指した。

             

            当初はR.304で城端町中心部近くまで行って、県道(289号 臼中福光線)に抜ける予定だったが、
            五箇山トンネルを抜けてしばらく走ると「←臼中ダム」という案内板が見えたので、
            急きょこの道(林道城福線)を使うことになった。
            林道は全線舗装だったが、旧町境付近では路面に台風21号の影響からか石がごろごろ転がっていた。

            何とか上流部から臼中ダム東側奥にたどり着き、時計回りでダム湖を一周しようとしたが、
            土砂崩れで不通になった箇所があって断念。
            妻は「レンタカーを傷めたらたいへんやで」と心配そうだったが、
            「泥汚れと傷は別物やから大丈夫」と返事をした。

             

            太美山小学校(のち南部小学校)臼中分校は、へき地等級2級、児童数31名(S.34)、
            明治34年開校、昭和53年閉校(移転も同年)。
            臼中ダムは平成5年竣工。ダム湖東側のほとりには「年豊人楽」と刻まれた大きな石碑や
            神社(春日社)の鳥居が集まった広場があって、
            その中に分校跡の標柱が建っていた。
            平成8年に太美山地区活性化委員会が建てたこの形の標柱は、刀利、中河内にもあるので、
            訪ねるにあたっての目標となりそうだ。

             

             

             画像1 臼中・ダム湖畔に建つ春日神社の鳥居

             

             

             画像2 ダム湖畔には分校跡の碑も建つ

             

             

             画像3 臼中ダム湖も、台風時の豪雨で濁っていた 

             

              (平成29年11月3日(金祝) 午後2時〜2時10分頃)


            富山県南砺市(旧平村)梨谷(再訪)

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              平成29年11月3日(金祝)、富山県の廃村探索の旅、
              合掌造り集落 相倉(あいのくら)からは、R.304 梨谷トンネル(昭和48年開通)を抜けて
              5kmほどの廃村 梨谷(なしだに)を目指した(平成23年以来の再訪)。

               

              旧五箇山街道は、相倉から鹿熊峠を越えて梨谷を通り、
              さらに朴峠、人喰谷を経て若杉、城端(富山平野)へと続いていた。
              また、五箇山トンネル(昭和59年開通)ができる前は、
              R.304は梨谷を通り、細尾峠を経て城端へと続いていた。
              かつての交通の要衝 梨谷から常住の方がいなくなったのは平成17年頃と思われる。

               

              梨谷にたいらスキー場が開業したのは昭和60年のこと。
              長く平村営だったが、南砺市になってからは民間の指定管理者が運営している。
              スキー宿の一角にクルマを停めて、場内にポツリと残る森をよく見ると鳥居があって、
              そこに神社(白山社)があることがわかった。

               

              下梨小学校梨谷分校は、へき地等級3級、児童数24名(S.34)、
              明治15年開校、昭和47年休校、昭和48年閉校。
              五万地形図(下梨、S.43)には卍マークのそばに文マークがあるので、
              念仏道場のそばを注意深く歩くと、草生した平地に旗ポールを見つけた。
              神社と学校跡は,再訪で発見することができた。

               

               

               画像1 梨谷・スキー場の中に神社と鎮守の森が残る 

               

               

               画像2 家屋はあるが人の気配はない梨谷集落

               

               

               画像3 旗ポールから梨谷分校跡が特定できた

               

                (平成29年11月3日(金祝) 12時30分〜午後1時頃)
               


              富山県南砺市(旧利賀村)水無(未達)

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                平成29年11月3日(金祝)、富山県の廃村探索の旅、
                奥大勘場からこの日最初の目的地 水無(みずなし)までは、
                県道(34号 利賀河合線)を走って8劼△襦
                利賀小学校水無分校は、へき地等級5級、児童数16名(S.34)、昭和4年開校、
                同40年休校、同42年閉校。離村は昭和45年。
                へき地5級地ではあるが、県道が通じているので、
                「走っていれば着くだろう」と気楽に考えていた。

                 

                奥大勘場分校跡のすぐそばには、「通行止 大勘場−県境」を示す電子掲示板が建っている。
                「どんな道なんだろう」と走り始めたところ、1匱紊之觜修平緡未寮い越しがあって、
                そのすぐ先、林道(牛首林道)が分岐するところで県道はゲートに閉ざされていた。

                県道では法面工事をしており、工事関係のクルマが鍵を開けて通っていった。
                折よく関係の方にご挨拶できたので、県道の施錠について尋ねたところ、
                「県の砺波土木センターに許可申請をすれば、通ることができるかも」とのこと。
                また、
                「牛首林道を使って迂回すれば、行けなくはないが、レンタカーでは無理」とのことだった。
                これは、水無行きはあきらめざるを得ない。

                 

                私は少し残念だったが、妻は山奥のとんでもなさそうな所に行くことが回避されて、
                喜んでいる様子だった。
                後で調べたところ、利賀村中心部から水無へ行くには、
                上百瀬からの峠越えの道(市道上百瀬水無線)を使うとよさそうなことがわかった。

                 

                 

                 画像1 奥大勘場・「通行止 大勘場−県境」を示す電子掲示板

                 

                 

                 画像2 ゲートの手前、結構な水量の洗い越し

                 

                 

                 画像3 水無へ続く県道はゲートに閉ざされていた

                 

                  (平成29年11月3日(金祝) 午前9時35分〜10時5分頃)
                 


                富山県南砺市(旧利賀村)奥大勘場(再訪)

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                  平成29年11月3日(金祝)、富山県の廃村探索の旅、
                  起床は朝6時半頃。天気は晴。妻とゆっくり朝食をとり、
                  利賀村長崎の宿出発は8時30分頃。
                  長崎から利賀村中心部には一度旧庄川町へ出るR.156−R.471ルートで24劼發△襪、
                  工事中の利賀ダム関連の道が整備されると、事情は大きく変わるのだろう。
                  案内板を見ると、利賀ダムの堤体は草嶺(廃村)地内、
                  豆谷ダムの約1匆捨側に建設中で、2022年竣工予定とのこと。

                   

                  R.471、県道34号沿いには、栗当から奥大勘場(おくだいかんば)まで8つの廃村が続くが、
                  7つまで素通りし、奥大勘場だけ枝道に入って軽く立ち寄った。
                  奥大勘場はデマンドバス(予約があるときのみ運行するバス)の終点だが、
                  バス停は「大勘場」という標示のみが地面に置かれる形になっていた。

                   

                  利賀小学校奥大勘場分校(のち坂上小学校大勘場分校)は、へき地等級4級、
                  児童数15名(S.34)、昭和10年開校、同51年休校、平成8年閉校。
                  前回(平成23年7月)訪ねたときは、RC2階建て校舎に住まれる方がいて、
                  話をうかがうことができたが、今回は人の気配はなかった。
                  バス停近くの家屋にも人の気配はなく、
                  奥大勘場に常住の方がいないことがうかがえた。
                  バス停からやや上手には神社(八幡宮)があるので、
                  訪ねるとよかったかもしれない。

                   

                   

                   画像1 「大勘場」という標示のみが地面に置かれたバス停

                   

                   

                   画像2 奥大勘場分校跡のRC2階建て校舎には、人の気配はなかった 

                   

                   

                   画像3 バス停近くの家屋にも人の気配はなかった

                   

                    (平成29年11月3日(金祝) 午前9時30分頃)
                   


                  富山県南砺市(旧上平村)小瀬(再訪)

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                    平成29年11月2日(木)、富山県の廃村探索の旅、
                    菅沼からは2年半前に続いて、2kmほど離れた高度過疎集落 小瀬(おぜ)を目指した。
                    まず上流側の橋を回り込むルートを使ったが、
                    道の途中で工事があって通行止になっていたため、
                    菅沼集落を抜ける道を「関係者ですよ」という顔でゆっくりと通過した。

                     

                    小瀬の明治頃の戸数は5戸、昭和44年から2戸。
                    前回行けなかった神社(神明宮)は、集落中心から少し上手にあった。
                    小瀬の合掌造りの家屋(旧五箇山ユースホステル)も秋景色に包まれており、
                    羽馬家のご主人にも再会し、ご挨拶することができた。

                     

                    五箇山(平村、上平村、利賀村)では、昭和初期にはほぼすべての民家が合掌造りで、
                    その数は1000棟を超えていたが、
                    今は移築されたり、改装されたりしたものを除くと50棟を切っているという。

                     

                     

                     画像1 小瀬・開放的な神明宮の拝殿

                     

                     

                     画像2 秋景色に包まれた小瀬の合掌造りの家屋

                     

                      (平成29年11月2日(木) 午後3時30分頃)
                     


                    富山県南砺市(旧上平村)桂(その2)

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                      平成29年11月2日(木)、富山県の廃村探索、
                      西赤尾小学校桂分校は、へき地等級5級、児童数5名(S.34)、明治17年開校、昭和45年閉校。
                      『村の記憶』(山村調査グループ著、桂書房、1995)を読むと、明治頃から昭和42年頃までの桂の戸数は6戸。
                      合掌造りの家々が立ち並んでいて、登山客や釣り客、関心を持つ方が時折訪れていたようだ。

                       

                      『さよなら、桂』(寺崎満雄著、桂書房、2004)という書籍では、
                      桂分校最後の教師である寺崎さんによって、在勤4年間の桂の様子を克明に記されている。
                      桂を訪ねた後に改めて読むと、積雪時の交通は命がけだったこと、
                      子供たちが集落に活力をもたらしていたことが印象に残った。
                      また、隣村の加須良が先に離村(昭和42年)してから「存続は難しい」としながらも、
                      昭和45年に境川ダムの建設が決まったことが離村にかかわってことがいるわかった。

                       

                      桂の解村式は昭和45年10月25日、分校の閉校式は11月5日。
                      解村式では村の縁者の方が集い、獅子舞が行われ、神社(神明宮)の御神体が遷座され、
                      夜通しの宴会が行われるなど、大いに賑わった。
                      しかし、教育委員会主催、村長や教育委員長など多くの方々が参加した閉校式に
                      出席した集落関係者は児童2名と父兄1名のみ。
                      11月15日、寺崎さんが訪ねた桂には村人の姿はなく、うっすら積もった雪の中、
                      作業員が家々を解体していたという。

                       

                      桂分校跡の校舎はいつまで残っていたのであろうか。
                      『愛しの合掌集落』(柴田英司著、桂書房、2006)には、
                      閉校から2年後の教室から撮った桂の風景が掲載されている。
                      柴田さんは埼玉県在住の写真家で、この書籍は南浦和の老舗居酒屋で偶然見つけた。

                       

                      現在、桂の集落跡近辺にはオートキャンプ場が整備されており、
                      ビジターセンターに加え食事処まである。
                      桂から3kmほど先にある岐阜県加須良に向かう道は、新たなダム建設の工事のため、閉ざされていた。
                      ビジターセンターそばの広場は、普通の公園のように整っており、

                      私と妻は岐阜県側の山をバックに、年賀状候補の写真を撮った。
                      ビジターセンターに入り、係の方に話をうかがったところ、工事は平成30年度まで行われるとのこと。
                      また、桂湖の水位は普段より20m下がっているが、
                      1週間前、台風21号の大雨があるまでは30m下がっていて、集落跡が見えていたとのこと。
                      湖水が濁っている理由がよくわかった。
                      ビジターセンターから集落跡そばへと歩くと、大型バスからの観光の方が降りてきて、
                      広場には賑わいができていた。

                       

                       

                       画像1 桂から加須良へ向かう道は閉ざされていた

                       

                       

                       画像2 桂湖、集落跡近辺

                       

                       

                       画像3 桂湖多目的広場で、年賀状候補の写真を撮る

                       

                        (平成29年11月2日(木) 午後1時15分〜1時35分頃)
                       


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