富山県上市町 大沢(その2)

  • 2018.11.01 Thursday
  • 06:13

平成30年8月上旬、富山県の廃村探索、旅3日目。
大岩小学校大沢冬季分校はへき地等級、児童数不明、大正8年開校、
昭和43年閉校(閉校時期は、奥の廃村 中ノ又の元住民の方とのやり取りで確定)。離村時期は昭和50年頃。
分校跡は唯一残る家屋の川向い、橋を渡った場所にあり、整った平地の隅には往時の土蔵が建っていた。

 

2劼曚姫にある中ノ又に立ち寄り、集落跡はずれの神社(熊野神社)に参った後、大沢から富山駅までは22辧40分ほどで到着した。

 

魚津から大沢経由富山駅までの走行距離は54辧
富山駅からは北陸新幹線かがやきに乗って上野駅に出て、午後からの出勤のため直接東京のオフィスへと向かった。 

 

 

 画像1: 大沢冬季分校跡の整った平地

 

 
 画像2: 奥の廃村 中ノ又・木立の中に残る家屋

 

 
 画像3: 富山県の廃校廃村(全42か所)完訪を祝し、熊野神社に参る
 
  (2018年8月7日(火)午前7時30分頃〜8時15分頃)
 

富山県上市町 大沢(その1)

  • 2018.10.31 Wednesday
  • 06:03

平成30年8月上旬、富山県の廃村探索、
旅3日目、魚津のビジネスホテルで起床したのは朝5時。天候は概ね曇。
富山駅のレンタカー返却予定は朝9時のため、前日に引き続き早朝の出発となった。

 

「廃村千選」富山県42か所の〆となる上市町大沢(おおさわ)は、この6月〜7月の見直しで追加した集落で、上市局郵便区全図(S.31.9)には20戸とある。
手前の集落 大岩には大岩山日石寺(大岩不動)があり、ここの旅館での宿泊も検討したが、ひとり旅の旅人を受け入れる雰囲気ではなかった。

 

まず現地に向かう前に、冬季分校の本校があった大岩の小学校跡地に立ち寄った。
大岩小学校の閉校は昭和58年。県道から少し入った目立たない場所にあり、跡地には大岩児童館、コミュニティセンターといった公共施設が建っていた。
また、グラウンドの一角には「大岩小学校跡」の碑が建っていた。

 

大岩小学校跡から大沢までは舗装道で4辧日石寺にも立ち寄った後、山へと上がると、簡単にたどり着くことができた。
オロロの攻撃もそれほど厳しくはなかった。 
 

 

 画像1: 大岩小学校跡、小さな跡地の碑が建つ
 

 

 画像2: 大岩不動、三重塔
 

 

 画像3: 大沢・川沿いに唯一残る家屋 
 
  (2018年8月7日(火)午前6時50分頃〜7時30分頃)
 

富山県南砺市(旧福光町)下小屋(その6)

  • 2018.10.28 Sunday
  • 05:24

平成30年10月上旬、富山県の廃村探索、
300m進むために再び単独で出かけるのも何なんで、
金沢大学の林直樹さんにお声をかけたところ、
学生2名(野村さん、亀山さん)を含め、4名で合同探索することになった。

探索では、金沢市横谷、南砺市(旧福光町)刀利、中河内を含めて

計4か所の廃村を訪ねた。

下小屋の探索では、クルマを「通行止」の標示板がある場所から

500mほど先まで進めることができた。
 
折り返した橋からきっちり300m進んだところ、
『村の記憶』にも載っている国有保安林の案内板が視界に入り、
その奥には、下小屋分校跡の碑が建っていた。
リベンジで何とかたどり着くことができ、嬉しかったが、
長い距離(片道約3.5辧砲鯤發い燭擦い、林さんはおつかれの様子だった。
家屋跡は分校跡の前後に集まっており、
道から外れて探索すると、家屋の基礎や水回りを確認することができた。
 
山を下りた後、野村さん、亀山さんに感想をうかがったところ、
「クマが出るんじゃないかとこわかった」
「天気が荒れたら帰れなくなるんじゃないかとこわかった」とのこと。
山の中にどんな暮らしがあったか、
彼女達には想像できなかったことだろう。
下小屋の離村は昭和41年10月だから、
私はその時代の雰囲気をリアルタイムで経験している世代だ。
「かつてここに暮らしがあった」ことを、
次の世代に伝えていくことの大切さを垣間見た一日だった。
 

 

 画像1: 下小屋集落跡、錆びた国有保安林の案内板
     『村の記憶』が出版された頃(平成7年頃)には、
     ここまでクルマで来ることができたらしい。
 

 

 画像2: 下小屋分校跡の碑
     碑の側面には「昭和41年 下小屋集落 離村」とともに
     7名の住民の名前が刻まれていた。
 

 

 画像3: 下小屋雨量観測所の建物
     分校跡の平地の隅に建っている。
     電源は太陽光パネルから取っているらしい。
 

 

 画像4: 集落跡を通る険しい県道
     向かって右側に家屋が建っていた。
     五万地形図(下梨、S.43)を見ると、左側に鳥居マークがあるが、
     左は低くなっており、それらしい気配は感じられなかった。
 

 

 画像5: 家屋跡のコンクリの水回り
     その他、いくつかの石垣を確認することができた。
 
  (2018年10月6日(土)12時30分頃〜午後1時頃)

 

富山県南砺市(旧福光町)下小屋(その5)

  • 2018.10.27 Saturday
  • 06:21

平成30年10月上旬、富山県の廃村探索、
下小屋へ2か月ぶりにやってきた。

忌まわしかったオロロは、影も形も見られない。


折り返した橋を過ぎ、分校跡付近に近づいたところ、
Vサインを出した森の女神様が現れた。

 

 

  (2018年10月6日(土)12時50分頃)
 

 

富山県南砺市(旧福光町)下小屋(その4)

  • 2018.10.26 Friday
  • 06:18

平成30年8月上旬、富山県の廃村探索2日目、
太美山小学校下小屋分校はへき地等級5級、児童数5名(S.34)、大正5年開校、昭和41年10月閉校。
同時期に戸数7戸の集落も離村した。


分校跡に建つという跡地の碑が見つからないまま、険しい県道は川沿いの平地を過ぎて、山へと向かい始めた。
時計を見たところ歩き始めてからおよそ1時間経過しており、先の予定も鑑みて橋が架かっている場所で引き返した。
後日、行程を検証すると、分校跡は橋の先300mほどのところだったらしい。

 

1時間近くかけてクルマに戻った頃には、腕のあちこちがオロロに刺されて赤くなっていた。
「入ってくるなよ」と言ってドアを閉め、それでも入ってきたヤツは容赦なく叩いて退治した。
この旅でいちばん記憶に残ったのは、オロロに決定した。
 

 

 画像1: 下小屋・険道が川を離れて山へ向かい始めた

 

 

 画像2: 橋が架かっている場所で引き返しを決断した

 

  (2018年8月6日(月)午後1時頃)
 

富山県南砺市(旧福光町)下小屋(その3)

  • 2018.10.25 Thursday
  • 06:47

平成30年8月上旬、富山県の廃村探索2日目、
廃村 下小屋(しもごや)を過ぎ、「何とかなるだろう」と険しい県道を進んでいると,
土砂に埋まって道が途切れている箇所に出くわした。
その様子に「この県道が再び開通することはないのだろう」と思った。

 

難所を越えると広い河原が県道に並び、下小屋到着を実感した。
しかし、オロロの執拗な攻撃は止まらず,むしろ激しくなってきた。
県道沿いに傾いて立つ「塩硝の道」の木標は,この道を使って五箇山の特産物 塩硝(黒色火薬の原料)を
福光や金沢へ運んでいたことに由来するのであろう。

 

 
 画像1: 下小屋地内・土砂に埋まって道が途切れる

 

 

 画像2: 山中にしては広い河原が県道のそばに広がる

 

 

 画像3: 県道沿いに傾いて立つ「塩硝の道」の木標

 

  (2018年8月6日(月)12時45分〜1時頃)

 

富山県南砺市(旧福光町)下小屋(その2)

  • 2018.10.24 Wednesday
  • 06:39

平成30年8月上旬、富山県の廃村探索2日目、
廃村 下小屋(しもごや)を目指して、険しい県道をひたすら歩く。
 
水無や若杉のオロロはクルマにたかってきただけだったが、
下小屋のオロロは凶暴で、歩いている間にも攻撃してくる。
足元を見ると、上体よりも濃い密度のオロロの大群が飛んでいる。
道沿いにお地蔵さんが並んでいたので、「無事下小屋へたどり着けますように」と祈った。
 
それでも根気よく険しい県道を歩き続けると、二万五千地形図(西赤尾、S.47)、
「地理院地図」Web資料ともに記されている小矢部川本流の堰(下小屋堰堤)が見えてきた。
これで場所を把握できたので、「何とかなるだろう」と少しホッとした。

 

 

 画像1: これがオロロだ!
     吸血昆虫として、皆に恐れられている

 

 

 画像2: 下小屋へ向かう道の途中、お地蔵さんに
     「無事たどり着けますように」とお祈りする

 

 

 画像3: 県道54号 福光上平線
     下小屋へと近づくごとに、険しさの度合いは上がる

 

 

 画像4: 下小屋の手前約1 
     堰には「下小屋堰堤」という銘板があった

 

  (2018年8月6日(月)正午〜12時正午頃)
 

富山県南砺市(旧福光町) 下小屋(その1)

  • 2018.10.23 Tuesday
  • 06:04

平成30年8月上旬、富山県の廃村探索2日目、
若杉に続いて訪ねた廃村 下小屋(しもごや)は、小矢部川の最上流部にある。
 
まず現地に向かう前に、
下小屋分校の本校があった太美山(ふとみやま)の小学校跡地に立ち寄った。
太美山小学校の閉校は昭和46年(名目統合は昭和45年)。
二万五千図(福光、1970)には文マークが掲載されている。
跡地には保育園の建物があったが、閉ざされている様子だった。
道路の対面には「太美山小学校跡」の碑(平成8年建立)が建っていた。
 
太美山小学校跡から下小屋までは県道で17劼發△蝓
かつ、中河内(なかのこうち:手前の廃村)から先 4劼麓嵶渉鵡垰澆砲覆辰討い襪箸いΑ
途中、刀利ダム湖畔には、ダム建設関係の廃村 刀利(とうり)に係わる親水公園があるが、
平成29年11月の旅で立ち寄っているので、分校跡の碑をさらりと見るだけで先を急いだ。
中河内に至っては、クルマに半端ない数のオロロが集まっていたので、
車内から分校跡の碑を見るだけで通過した。
 
県道(54号 福光上平線)の通行止の標示板は、中河内を過ぎてすぐ、
鋭角で曲がる三差路にあった。
クルマから降りたらオロロの攻撃を受けるのは明らかだが、留まるわけにはいかない。
覚悟を決めてクルマから降りて
下小屋へと歩き始めたのは、ちょうど正午頃だった。

 

 
 画像1: 下小屋分校の本校、太美山小学校跡

 

 
 画像2: 刀利ダム湖畔、かつて神社があった小島を観る

 

 
 画像3: 下小屋へ向かう県道、通行止の標示板
 
  (2018年8月6日(月)午前11時10分〜正午頃)
 

富山県南砺市(旧城端町)若杉(その3)

  • 2018.10.22 Monday
  • 06:46

平成30年8月上旬、富山県の廃村探索2日目、
廃村 若杉(わかすぎ)の探索、集落跡を訪ねた後は、そのやや上手、
林道高清水線と旧五箇山街道の交点付近にある「若杉集落跡」の碑を見るためクルマを走らせた。

 

林道の入口に「車両通行止」の案内板があって、やや焦ったが、「通るな」という雰囲気ではない。
柵を除けようかと考えていると、山のほうから道路管理の方がクルマで下りてこられて、
「大丈夫ですから、通行止解除です」と話された。

 

現地には「若杉集落跡」「離村二十周年記念」の刻まれた大きな碑が建っていた。
その手前には若杉神明宮入口を示す標柱が建っていた。
林道の先には夫婦滝という名勝があるので、ここを折り返し点とした。

 

 

 画像1: 高清水林道の入口、「車両通行止」の案内板

 

 

 画像2: 林道沿いに建てられた「若杉集落跡」の碑(昭和60年建立)

 

 

 画像3: 若杉神明宮跡入口を示す標柱(昭和51年建立)

 

  (2018年8月6日(月)午前9時35分〜10時10分頃)
 

富山県南砺市(旧城端町)若杉 (その2)

  • 2018.10.21 Sunday
  • 07:00

平成30年8月上旬、富山県の廃村探索2日目、
若杉(わかすぎ)へと向かう歩道は進んでいるうちにだんだん頼りないものになったが、
やがてスギ林の中に石垣や建物が見つかった。
若杉には城端と五箇山を結ぶ街道(五箇山街道)が通り、明治大正期は物資の中継地や宿場のはたらきがあり、

最盛期は27戸あったという。

 

大鋸屋小学校(のち城端小学校)若杉分校はへき地等級2級、児童数12名(S.34)、大正2年開校、昭和42年3月閉校。
集落跡には広がりがあり、神社跡や分校跡を特定することはできなかった。
しっかりした探索をするには草生した夏は不向きだ。
『村の記憶』(山村調査グループ著、桂書房刊、1995)によると
若杉の離村は昭和42年(閉校と同時期)、5戸の住民は旧大鋸屋小学校の校舎へ集団移転した。
小学校跡に往時の体育館が残っているというのは、この歴史を踏まえると感慨深い。

 

 

 画像1: 草生したスギ林の中、若杉を目指して歩く

 

 

 画像2: スギ林の中に家屋が見つかった 

 

 

 画像3: 『村の記憶』にも載っているブロック造りの家屋が見つかった

 

  (2018年8月6日(月)午前8時5分〜8時45分頃)

 

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