岐阜県下呂市(旧金山町) 卯野原

  • 2016.11.12 Saturday
  • 08:25

平成28年6月27日(月)、岐阜県・飛騨の廃村めぐりでは、
岩屋ダム建設関連の廃村 下呂市卯野原(うのはら)、弓掛(ゆがけ)、下山(しもやま)を訪ねた。
梅雨時とは思えない晴天の日だった。

 

岩屋ダムの車道になっている堤体を渡り、地域の方しか走らないようなか細い道をしばらく走ると、視界が開けて卯野原神社に到着した。
クルマを借りた岐阜羽島駅から3時間近くかかっているが、これは想定内のことで、走行距離は124劼△辰拭

 

神社はダムができる前の五万地形図「下呂」(S.43)をみると、卯野原地内の田畑(たばた)という小集落のエリアに建っている。
卯野原神社は、ダム建設時に地内の5社を合祀されたもので、境内には大きな社殿と忠魂碑が建っていたが、人の気配はまったくない。
私は石段に座り、梅雨時とは思えない青空の下でおにぎりを食した。

 

 

 画像1 大きなロックフィルダム・岩屋ダムと東仙峡金山湖

 

 

 画像2 湖畔に建つ卯野原神社(昭和51年建立)

 

 

 画像3 卯野原神社・境内の大きな社殿と忠魂碑 

 

 (2016年 6月27日(月)正午頃)

岐阜県揖斐川町(旧徳山村)上開田

  • 2016.08.14 Sunday
  • 05:30

平成28年7月31日(日)、岐阜県〜福井県の廃村めぐり、 
揖斐川町東杉原の宿「すぎはら」を朝9時頃に出発し、
旧徳山村・・・というか、徳山湖、徳山会館を目指した。

 

当初、「何の施設なんだろう」と思った徳山会館は、
ダム湖完成から9年経って、徳山湖に来たら立ち寄ろうと思う
施設となっていた。

 

徳山本郷出身の館長とご挨拶をして、徳山湖の近況をうかがった。

徳山村にはかつて8つの集落があって、門入を除く7つの集落は水没したが、
各集落には離村記念碑が建てられていて、
そのうち塚、戸入、門入の記念碑には通じる道がないため、
容易に行くことはできないとのこと。
「戸入、門入の記念碑には、9年前、ホハレ峠からの道を使って
歩いて行ってきましたよ」
と話すと、館長との距離が縮まった感じがした。

 

この日は高倉峠を越えて、福井県南越前町(旧今庄町)に向かうため、
徳山村に滞在できる時間は限られている。
館長にお勧めのポイントを尋ねると、
「上開田の離村記念碑がある広場」という答えが返ってきた。
上開田(かみかいでん)は、徳山本郷の川向いで、
かつて徳山中学校があった、村の中心部だ。
ミナカミさん夫妻、私とも、行ったことがなく、近くでもあるので、
訪ねることになった。

 

 

 画像1 : 上開田・離村記念碑広場から見た徳山湖
  見晴らしの良い高台にあるため、徳山会館から見るよりも立体感があって
  よい感じだ。
  「キャンプできるね」と話す3人だった。
  (注) このメンバーは、10年前、水没前の戸入で、
     さらに9年前、ダム完成後の門入で、キャンプをしたことがある。

 

 

 画像2 : 上開田・離村記念碑広場に祀られている石仏らしきもの
  広場から階段を上がった先に、石仏らしきものが祀られていた。
  昔から祀られていたものか、移転してきたものかは不明だが
  しっかりとその場を引き締めていた。

 

 

 画像3 : 徳山会館(下開田)−上開田間の滝
  これは、徳山湖畔に道ができたから、見れるようになった滝であろう。
  暑い夏の日差しの中、3人は天然の涼を楽しんだ。

 

 (2016年 7月31日(日)午前10時20分〜10時40分頃)
 

岐阜県揖斐川町(旧藤橋村)鶴見

  • 2016.08.13 Saturday
  • 09:02

平成28年7月31日(日)、岐阜県〜福井県の廃村めぐり、 
朝の単独の散歩で、揖斐川町鶴見を探索した。

 

杉原小中学校跡の校舎は、宿泊施設に転用されて久しい。
近寄って驚いたのは、横に新しい建物が建てられていたことだった。
作業員のプレハブ宿舎は、集落の南端にあった。
昔は居酒屋「わっしょい」があった区画で、固定で建っているように思われる。

 

藤橋城近くまで戻ると、武山神社の境内に
「ふる里」と刻まれた離村記念碑があることに気がついた。
「平成17年4月建立」ということは、建ってからだけでも
4回も鶴見に立ち寄っている。
今まで気がつかなかったことを、申し訳なく思った。

 

 

 画像1 : 杉原小中学校跡の校舎
  「ふじはし星の家」という宿泊施設に転用されている。
  新しい建物は、その新館なのだろうか。

 

 

 画像2 : 作業員のプレハブ宿舎
  入口には「冠山峠道路 第1号トンネル工事」
  という看板が見られた。

 

 

 画像3 : 鶴見の離村記念碑
  「昭和後期の鶴見区絵図」には、小中学校、浄輪寺、
  武山神社をはじめ、約50戸の家々が刻まれていた。

 

 (2016年 7月31日(日)午前6時〜6時30分頃)
 

岐阜県揖斐川町(旧藤橋村)東杉原(その2)

  • 2016.08.11 Thursday
  • 05:49

平成28年7月31日(日)、岐阜県〜福井県の廃村めぐり、
揖斐川町東杉原の宿「すぎはら」で起床したのは朝5時頃。

風呂に入った後、時間があったので、散歩に出かけた。

 

昨夕よりもサルの数は少なく、近づくと遠ざかっていった。
「どこに行こうか」と考えた結果、鶴見にある杉原小中学校跡と
プレハブの作業員宿舎を目指すことになった。

 

 

 画像1 : 「すぎはら」近辺から見た藤橋城
  城型のプラネタリウムは、対岸の鶴見にある

 

 

 画像2 : どんどん橋から見た藤橋城
  左が東杉原、右が鶴見で、境界に揖斐川が流れる。

 

 

 画像3 : 東杉原を闊歩するニホンザル
  一匹ぐらいならかわいいんだけどねえ・・・

 

 (2016年 7月31日(日)午前5時40分〜6時45分頃)

 

  今日は「山の日」、これから日帰りで宮城県の廃村に出かけます。
  「廃村千選」累計訪問数、いよいよ500か所達成!の予定です。

岐阜県揖斐川町(旧藤橋村)東杉原(その1)

  • 2016.08.10 Wednesday
  • 07:29

平成28年7月30日(土)、岐阜県の廃村めぐり、
山県市椿は、立ち寄るぐらいのつもりだったが、
1時間40分も過ごしてしまった。

国道418号線に戻ってからは、本巣市根尾樽見、根尾長嶺と走り、
尾並坂トンネルを越えて旧徳山村に入った。

 

ミナカミさん夫妻、私ともにいろいろ思い出がある徳山村だが
時は夕方、明日訪ねることにして先を急いだ。
数十匹のサルの軍団に迎えられながら、
この日の宿「すぎはら」がある揖斐川町(旧藤橋村)の
廃村 東杉原(ひがしすぎはら)に到着したのは夕方6時5分。
椿−東杉原(約50km)の所要時間は1時間半だった。

 

東杉原には、昭和55年には44戸の暮らしがあったが、
徳山ダム、杉原ダム(未竣工)の建設計画により、移転が進み、
平成2年に行政区は解散した。
そのような山の中に一軒残るお家が営む民宿が「すぎはら」なのだ。
興味を持った私は、平成23年7月「すぎはら」に泊まり、
宿主の島岡範子さんに往時のお話をうかがい、写真をお借りした。
5年経ち、その成果は『廃村をゆく2』の記事となった。
島岡さんは、「すぎはら」の近況について尋ねると、
「徳山ダムの発電施設は6月に完成し、ダム関係の建設の方は来なくなったが、
冠山トンネル工事の方が鶴見のプレハブ宿舎に入ったから、時々来ることがある」
とのことだった。

 

夕食の時間になって、ビールをぐいぐい飲むと、
ややこしいことを話すことはなし(^_^)
どんなに騒いでも、何の問題もない廃村の一軒宿でのカラオケオフは
夜遅くまで延々と続いた。

 

 

 画像1 : 「すぎはら」の赤ちょうちん
  「離れて見たら、すごい風流だろうなあ・・・」と
  と、画像を見直して思った。

 

 

 画像2 : 「すぎはら」のカラオケタイム(1)
  よっぱさんが「遠くで汽笛を聞きながら」を唄っている。
   ※ ミナカミさん撮影

 

 

 画像3 : 「すぎはら」のカラオケタイム(2)
  ミナカミさんが「UFO」を唄っている。
  よっぱさんの振りが面白い(^_^)

 

  「昭和しばりで行きましょう!」という声に、
  AKBやエグザイルは出なかった。
  私の唄では、「なぜか埼玉」の受けがよかったような気がする(^^)

 

 (2016年 7月30日(土)午後7時〜11時頃)
 

岐阜県山県市(旧美山町)椿(その3)

  • 2016.08.09 Tuesday
  • 07:24

平成28年7月30日(土)、岐阜県の廃村めぐり、
山県市(旧美山町)の廃村 椿(つばき)、
分校跡は、集落跡のほぼ中央にあり、その辺りが椿中村、
それより下流側が椿下村、上流側が椿上村と呼ばれる。

 

クルマまで戻って、改めて離村記念碑を見ると
上村の三差路付近に記された善林寺というお寺の様子が気になった。
これまで上村には行ったことがない。
「気になったなら、行きましょう!」と3名はクルマで上村を目指した。

 

上村に着いて、まず目を引いたのは三差路手前の大きな石碑だった。
何かと思い確かめたら、個人の家屋跡の碑だった。
善林寺跡ははっきりわからなかったが、
新しいお墓を含む規模が大きい墓地が見つかった。

離村記念碑には載っていなかったが、
三差路の一角に、神明神社という神社の跡が見つかった。

 

 

 画像1 : 椿上村・個人の家屋跡の碑
  表面には「初代 旧縁之地碑 中原治良兵衛・利世」、
  裏面には「平成26年11月建立」と刻まれていた。

 

 

 画像2 : 善林寺跡と思われる場所の墓地

 

 

 画像3 : 神明神社跡

 

 (2016年 7月30日(土)午後4時15分〜4時35分頃)
 

岐阜県山県市(旧美山町)椿(その2)

  • 2016.08.08 Monday
  • 07:10

平成28年7月30日(土)、岐阜県の廃村めぐり、
山県市(旧美山町)の廃村 椿(つばき)、
縣神社からは、車道に戻らず、脇道を歩いてみた。

 

先の作業小屋に人の気配がしたので、一度足を停めて
「どうしましょう」とミナカミさん夫妻に話すと、
「ヘヤネコさん的にはGOでしょう!」とのお返事。
地域の方は、60代ぐらいの男性(Tさん)で、
意を決めて「こんちわー」とご挨拶すると
Tさんは朗らかに対応してくれた。

 

「ここは、こんな山のなかやけど、太閤さんの頃から天領でな」
と、Tさんは話された。
先の離村記念碑の
「天正17年(1589年)頃幕府領となり」
という記述とつながる話だ。
 
Tさんと分かれてからは、さらに川の上流側に歩いて、
分校跡を目指した。
北武芸小学校椿分校は、へき地等級1級、児童数33名(S.34)、
明治6年開校、昭和46年閉校。同年椿は集団移転により閉村。
分校跡の入口には見慣れない記念碑が建立されていた。
「いつできたものだろう」と裏面を覗こうとすると、
碑の真下から複数の蜂が飛んできたので、
「きゃー」と叫び、急いで離れた。
幸い、刺されるなどの被害はなかった。

 

分校跡には錆びたブランコ、ジャングルジムなどの遊具が残るが
草藪は深く、近づく気にはなれない。
「戻りましょうか」とゆるい坂を下ると、前をゆくみなみさんが
一人巴投げを決めて、脇の草むらに転がり落ちた。
「大丈夫かー」と声をかけると、ダメージはない様子だった。
前を歩いていたよっぱさんは、何があったのかわからなかったことだろう。
ケガがなかったのは何よりだ。
蜂のことも含め、緊張感が伴う分校跡だった。

 


 画像1 : 椿分校跡の碑
  「村影弥太郎の集落紀行」Webによると、
  平成19年8月建立とのこと。

 

 

 画像2 : 椿分校跡碑の真下の蜂の巣
  こんなものがあるとは、思いもよらず・・・
  春の茂みが薄い時期に再訪したいものだ。

 

 

 画像3 : 分校跡−離村記念碑間のお地蔵さん
  車道沿いに、6体のお地蔵さんが並んでいた。

 

 (2016年 7月30日(土)午後3時35分〜3時50分頃)
 

岐阜県山県市(旧美山町)椿(その1)

  • 2016.08.07 Sunday
  • 08:00

平成28年7月30日(土)、岐阜県の廃村めぐり、
三河安城駅から徳山ダム方面には、東海環状道を使った。
関広見ICからR.418へと入ってほどなく、
山県市(旧美山町)の廃村 椿(つばき)に立ち寄った。

 

平成18年11月以来、三度目の訪問(初訪は平成16年10月)だが、
最寄りの集落 笹賀からの川沿いの道は頼りなく、
「この道でよかったかな」とちょっと心配になる。

やがて視界が広がり、大きな離村記念碑が迎えてくれた。
初訪時は建ったばかりだった碑も、12年を経た。

 

碑のそばにクルマを停めて、川の上流側に歩きながら
「このあたりに縣神社という神社があるはずなんですけど・・・」
とミナカミさん夫妻と話していると、橋の向こうに鳥居が見えてきた。

 

過去2回の椿の探索で、私は神社に立ち寄った記憶がない。
「ゆっくり歩かなかったからじゃないかな」と思ったが、
「廃村と過疎の風景(2)」の記録を見直すと
初訪のときも碑のそばにクルマを停めて、川の上流側に歩いていた。

 

 

 画像1 : 椿の離村記念碑
  表面には「椿村の人家分布図」という主題で、
  67戸の人家が記されている。
  裏面には
  「文亀元年頃に始まり 天正17年頃幕府領となり 昭和46年閉村となる」
  「平成16年10月吉日建立 建立者 武藤國男」と刻まれている。
  文亀元年=1501年、天正17年=1589年である。

 

 

 画像2 : 縣神社 拝殿にて
  春まつりの貼り紙が見当たった。

 

 

 画像3 : 縣神社 従軍記念碑
  昭和27年建立とあった。
  太平洋戦争が終わった後のものらしい。

 

 (2016年 7月30日(土)午後3時〜3時10分頃)
 

兵庫県と岐阜県の廃校廃村に出かけました

  • 2016.07.01 Friday
  • 07:24

平成28年6月24日(金)、兵庫県の廃校廃村 上生野に、
6月27日(月)、岐阜県の廃校廃村 卯野原、弓掛、下山に出かけた。 

 

大阪土日出張の機会を使ったもので、
「廃校廃村 500か所超え」の旅では、福井県(H.25)、
香川県、富山県(H.26)、岡山県、鹿児島県(H.27)を訪ねている。
長所は、年休消化が少なくて済むこと、財布にやさしいこと、
短所は、ゆったりした気分になりにくいことだろうか。

 

今回は、初めて前日(金曜)にも出かけたが、
現地(朝来市)の天気はみごとに雨だった。
これに対して、月曜日の現地(下呂市)の天気は梅雨の晴れ間だった。

 

無事、4か所訪問することで、
「廃村千選」累計訪問数は496か所となった。
500か所達成まで、いよいよあと4か所だ!

 

 

 画像1 : 弓掛分校跡(その1)
  卯野原、弓掛、下山は、岩屋ダムの建設によって昭和46年〜47年に
  廃村となった。
  ダム湖よりも上流にある弓掛を訪ねると、
  ひと目でそれとわかる分校跡があった。
  集落跡は、まるごと「飛騨金山の森」という野外活動の施設になっていた。

 

 

 画像2 : 弓掛分校跡(その2)
  分校跡の一角には、土盛があって、その上には石碑が建てられていた。
 

 

 画像3 : 弓掛・離村記念碑
  碑面には「故郷之碑」弓掛区と刻まれていた。
  建立は昭和47年3月とあった。

 

 (2016年 6月27日(月)午後1時10分〜1時15分頃)
 

岐阜県根尾村(現本巣市)黒津 --- 平成13年2月

  • 2013.03.18 Monday
  • 07:12

今年も春の彼岸となり、冬は過ぎた感があります。
ふと振り返れば、平成13年2月に岐阜県根尾村(現本巣市)で
カンジキを買って以来、
ほぼ毎年、雪景色の廃村へと旅をしていたことに気がつきました。


平成23年夏、北陸方面6泊7日ツーリングのアップが終わったので、
これから平成13年から24年までの12年間分の、
各所の雪景色の廃村を紹介したいと思います。


====


岐阜県根尾村(現本巣市)黒津(くろづ)
 平成13年2月25日(日)訪問
 「廃村と過疎の風景(2)」 No.1「雪に閉ざされた冬季無人集落を訪ねる」
   http://heyaneko.web.fc2.com/djneo.html


カンジキを買って、初めて出かけたのは、岐阜県根尾村(現本巣市)黒津です。
R.157の「落ちたら死ぬ」で有名な能郷−黒津間をカンジキを履いて歩くという
今から思えば無謀な企画です。
それでも、前日には下見をして、夜は樽見の居酒屋で情報収集をしてと、
安全第一は心がけていたようです。


樽見−能郷間は村営バスを使っていました。
>行きのバスの能郷着は8時40分頃,帰りのバスの能郷発は夕方4時40分頃、
>およそ8時間。黒津までの7kmの道をどのくらいの時間で歩けるかが勝負です。
と記しているように、計画はしっかり立てていて行ったことは間違いなさそうです。



>計算で割り出した黒津での滞在可能時間は2時間。
>立ち止まると寒いので,食休み以外は,細長くて起伏のある集落の中を
>ずっとウロウロしていました。
この食休みも、座ることはできないので、おにぎりの類を立って、
多少動きながら食べたことが思い出されます。



>集落のいちばん奥にある学校跡は,岐阜市内在住の猟を趣味とする方が
>管理しているとのことでしたが,建物には誰も居ませんでした。
猟の方とは能郷−黒津間でひとりすれ違っており、
「学校跡に誰かいると面白いなあ」と思ったものでした。
黒津小学校は、へき地等級3級、児童数19名(S.34)、明治19年開校、
昭和46年休校、昭和60年閉校です。


根尾村の奥西谷(黒津、大河原、越波)は私のお気に入りの山村で,
昭和62年9月を最初に、昭和63年11月(この時は根尾で3泊)、平成4年8月、
平成8年10月、平成12年5月、そしてこの時と、計6回も足を運んでいるのですが、
これ以来12年間訪ねていません。
平成23年夏、北陸方面6泊7日ツーリングで、行く予定を立てたのですが
「R.157 温見峠通行止」で行けなかったのは、残念なところです。

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< October 2019 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

recommend

recommend

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM