岐阜県下呂市(旧金山町) 下山

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    平成28年6月27日(月)、岐阜県・岩屋ダム建設関連の廃村めぐり、
    弓掛からは来た道を戻り、3つ目の廃校廃村 下山(しもやま)へと向かった。
    馬瀬大橋南側の三差路で県道431号線(下山名丸線)に入り、4劼曚匹気のぼると、
    左手にひと目でそれとわかる下山の離村記念碑が見出された。
    旧馬瀬村中心部はさらに上流部にあるが、訪ねるには時間がなく、碑を折り返し点とした。

     

    下山の離村記念碑は、「私たちの故郷 馬瀬村下山区」という主碑と
    「永久に 想い出の ふるさとを偲び しるし残さむ この碑」という詩の副碑からなり、
    副碑には世帯主24名の名前が刻まれていた。-
    移転先を見ると、下呂市旧萩原町と関市が多く、地元旧馬瀬村は皆無だった。
    五万図と見比べると、石碑は下山地内の中垣内(なかがいつ)という小集落が
    湖底となったあたりに建てられている様子だった。

     

     

     画像1 下山の離村記念碑(主碑)、「私たちの故郷」(昭和51年建立) 

     

     

     画像2 下山の離村記念碑(副碑)、世帯主24名の名前が刻まれていた

     

     

     画像3 離村記念碑から見た東仙峡金山湖(岩屋ダム湖)

     

     (2016年 6月27日(月)午後2時20分頃)


    岐阜県下呂市(旧金山町) 弓掛(その2)

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      平成28年6月27日(月)、岐阜県・岩屋ダム建設関連の廃村めぐり、
      住宅地図に多くの建物が記されていたので、私は長らく弓掛(ゆがけ)を高度過疎集落と考えていた。
      しかし、それは誤りで、弓掛集落のうち水没しなかった部分については、「飛騨金山の森キャンプ場」という野外活動施設として活用されていたことがわかった。

      「飛騨金山の森キャンプ場」Webによると、弓掛の離村は昭和48年、キャンプ場の開設は昭和54年。運営者の有限会社 弓掛観光開発は、地域の方が運営されていた。

       

      弓掛に滞在できる時間は1時間弱。「何を見ようか」とキャンプ場の総合案内所そばにクルマを停めて、上流方向に歩いていると、川(弓掛谷川)に吊り橋跡の橋台が見当たった。五万図を見ると、中平から対岸の奥平に渡る下手の橋のようだ。
      今架かる橋(長渕橋)で右岸に渡ると、石垣などに往時の匂いが感じられた。石垣を頼りに川に近い人工林を歩くと、右岸に残る橋台を見つけることができた。
      右岸のキャンプ場の名前を確認すると、奥平ではなく上平だった。

       

      神社(白山神社)の所在がわからないので、総合案内所対面の炭焼窯の辺りで作業をされていた観光開発の方に尋ねたところ、「少し下流側の小高い山の斜面に残っている」と教えていただいた。
      県道から枝道に入って、心当たりをたどっていくと、枝道を横切るような参道が見出され、左に折れて石段を上がると整った神社の拝殿が迎えてくれた。
      拝殿からまっすぐ参道を下りていくと、その先には灯籠が待っていた。キャンプ場のバンガローのそばに起立する灯籠は、微妙に調和していた。

       

      弓掛に心地よさを感じたのは、月曜の昼下がり、観光の方の姿がわずかたったことと、この地を愛する地域の方が運営されていたことからなのだろう。

       

       

       画像1 長渕橋のそば、人工林の中に残る弓掛谷川右岸の橋台

       

       

       画像2 整った白山神社の拝殿

       

       

       画像3 神社参道の灯籠が、キャンプ場のバンガローのそばに起立する

       

       (2016年 6月27日(月)午後1時30分頃)


      岐阜県下呂市(旧金山町) 弓掛

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        平成28年6月27日(月)、岐阜県・岩屋ダム建設関連の廃村めぐり、
        卯野原神社からは、か細いダム湖右岸の道を進み、細越橋で県道86号線に戻り、上流部の弓掛(ゆがけ)を目指した。
        ダム湖が川に戻ったあたりで迎えてくれたのは「飛騨金山の森・押洞地区」という案内板だった。
        少し先まで走ると、一目で「分校跡ではないか」と思った「憩いの家 もみじ」が見当たった。

         

        東第二小学校(のち東第一小学校)弓掛分校は、へき地等級2級、児童数64名、明治6年開校、昭和47年閉校。
        五万図を見ると押洞(おしぼら)は弓掛地内の小集落名で、文マークは中平(なかひら)に記されている。
        場所的に見ても今残る「憩いの家 もみじ」の建物は、往時の校舎を改装したものに違いなさそうだ。
        そして分校跡の平地の一角には、世帯主54名の名前が刻まれた「故郷の碑 弓掛区」という離村記念碑が建っていた。

         

         

         画像1 「飛騨金山の森・押洞地区」という案内板

         

         

         画像2 一目で「分校跡ではないか」と思った弓掛分校跡

         

         

         画像3 離村記念碑「故郷の碑 弓掛区」(昭和47年建立)

         

         (2016年 6月27日(月)午後1時頃)

         


        岐阜県下呂市(旧金山町) 卯野原

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          平成28年6月27日(月)、岐阜県・飛騨の廃村めぐりでは、
          岩屋ダム建設関連の廃村 下呂市卯野原(うのはら)、弓掛(ゆがけ)、下山(しもやま)を訪ねた。
          梅雨時とは思えない晴天の日だった。

           

          岩屋ダムの車道になっている堤体を渡り、地域の方しか走らないようなか細い道をしばらく走ると、視界が開けて卯野原神社に到着した。
          クルマを借りた岐阜羽島駅から3時間近くかかっているが、これは想定内のことで、走行距離は124劼△辰拭

           

          神社はダムができる前の五万地形図「下呂」(S.43)をみると、卯野原地内の田畑(たばた)という小集落のエリアに建っている。
          卯野原神社は、ダム建設時に地内の5社を合祀されたもので、境内には大きな社殿と忠魂碑が建っていたが、人の気配はまったくない。
          私は石段に座り、梅雨時とは思えない青空の下でおにぎりを食した。

           

           

           画像1 大きなロックフィルダム・岩屋ダムと東仙峡金山湖

           

           

           画像2 湖畔に建つ卯野原神社(昭和51年建立)

           

           

           画像3 卯野原神社・境内の大きな社殿と忠魂碑 

           

           (2016年 6月27日(月)正午頃)


          岐阜県揖斐川町(旧徳山村)上開田

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            平成28年7月31日(日)、岐阜県〜福井県の廃村めぐり、 
            揖斐川町東杉原の宿「すぎはら」を朝9時頃に出発し、
            旧徳山村・・・というか、徳山湖、徳山会館を目指した。

             

            当初、「何の施設なんだろう」と思った徳山会館は、
            ダム湖完成から9年経って、徳山湖に来たら立ち寄ろうと思う
            施設となっていた。

             

            徳山本郷出身の館長とご挨拶をして、徳山湖の近況をうかがった。

            徳山村にはかつて8つの集落があって、門入を除く7つの集落は水没したが、
            各集落には離村記念碑が建てられていて、
            そのうち塚、戸入、門入の記念碑には通じる道がないため、
            容易に行くことはできないとのこと。
            「戸入、門入の記念碑には、9年前、ホハレ峠からの道を使って
            歩いて行ってきましたよ」
            と話すと、館長との距離が縮まった感じがした。

             

            この日は高倉峠を越えて、福井県南越前町(旧今庄町)に向かうため、
            徳山村に滞在できる時間は限られている。
            館長にお勧めのポイントを尋ねると、
            「上開田の離村記念碑がある広場」という答えが返ってきた。
            上開田(かみかいでん)は、徳山本郷の川向いで、
            かつて徳山中学校があった、村の中心部だ。
            ミナカミさん夫妻、私とも、行ったことがなく、近くでもあるので、
            訪ねることになった。

             

             

             画像1 : 上開田・離村記念碑広場から見た徳山湖
              見晴らしの良い高台にあるため、徳山会館から見るよりも立体感があって
              よい感じだ。
              「キャンプできるね」と話す3人だった。
              (注) このメンバーは、10年前、水没前の戸入で、
                 さらに9年前、ダム完成後の門入で、キャンプをしたことがある。

             

             

             画像2 : 上開田・離村記念碑広場に祀られている石仏らしきもの
              広場から階段を上がった先に、石仏らしきものが祀られていた。
              昔から祀られていたものか、移転してきたものかは不明だが
              しっかりとその場を引き締めていた。

             

             

             画像3 : 徳山会館(下開田)−上開田間の滝
              これは、徳山湖畔に道ができたから、見れるようになった滝であろう。
              暑い夏の日差しの中、3人は天然の涼を楽しんだ。

             

             (2016年 7月31日(日)午前10時20分〜10時40分頃)
             


            岐阜県揖斐川町(旧藤橋村)鶴見

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              平成28年7月31日(日)、岐阜県〜福井県の廃村めぐり、 
              朝の単独の散歩で、揖斐川町鶴見を探索した。

               

              杉原小中学校跡の校舎は、宿泊施設に転用されて久しい。
              近寄って驚いたのは、横に新しい建物が建てられていたことだった。
              作業員のプレハブ宿舎は、集落の南端にあった。
              昔は居酒屋「わっしょい」があった区画で、固定で建っているように思われる。

               

              藤橋城近くまで戻ると、武山神社の境内に
              「ふる里」と刻まれた離村記念碑があることに気がついた。
              「平成17年4月建立」ということは、建ってからだけでも
              4回も鶴見に立ち寄っている。
              今まで気がつかなかったことを、申し訳なく思った。

               

               

               画像1 : 杉原小中学校跡の校舎
                「ふじはし星の家」という宿泊施設に転用されている。
                新しい建物は、その新館なのだろうか。

               

               

               画像2 : 作業員のプレハブ宿舎
                入口には「冠山峠道路 第1号トンネル工事」
                という看板が見られた。

               

               

               画像3 : 鶴見の離村記念碑
                「昭和後期の鶴見区絵図」には、小中学校、浄輪寺、
                武山神社をはじめ、約50戸の家々が刻まれていた。

               

               (2016年 7月31日(日)午前6時〜6時30分頃)
               


              岐阜県揖斐川町(旧藤橋村)東杉原(その2)

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                平成28年7月31日(日)、岐阜県〜福井県の廃村めぐり、
                揖斐川町東杉原の宿「すぎはら」で起床したのは朝5時頃。

                風呂に入った後、時間があったので、散歩に出かけた。

                 

                昨夕よりもサルの数は少なく、近づくと遠ざかっていった。
                「どこに行こうか」と考えた結果、鶴見にある杉原小中学校跡と
                プレハブの作業員宿舎を目指すことになった。

                 

                 

                 画像1 : 「すぎはら」近辺から見た藤橋城
                  城型のプラネタリウムは、対岸の鶴見にある

                 

                 

                 画像2 : どんどん橋から見た藤橋城
                  左が東杉原、右が鶴見で、境界に揖斐川が流れる。

                 

                 

                 画像3 : 東杉原を闊歩するニホンザル
                  一匹ぐらいならかわいいんだけどねえ・・・

                 

                 (2016年 7月31日(日)午前5時40分〜6時45分頃)

                 

                  今日は「山の日」、これから日帰りで宮城県の廃村に出かけます。
                  「廃村千選」累計訪問数、いよいよ500か所達成!の予定です。


                岐阜県揖斐川町(旧藤橋村)東杉原(その1)

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                  平成28年7月30日(土)、岐阜県の廃村めぐり、
                  山県市椿は、立ち寄るぐらいのつもりだったが、
                  1時間40分も過ごしてしまった。

                  国道418号線に戻ってからは、本巣市根尾樽見、根尾長嶺と走り、
                  尾並坂トンネルを越えて旧徳山村に入った。

                   

                  ミナカミさん夫妻、私ともにいろいろ思い出がある徳山村だが
                  時は夕方、明日訪ねることにして先を急いだ。
                  数十匹のサルの軍団に迎えられながら、
                  この日の宿「すぎはら」がある揖斐川町(旧藤橋村)の
                  廃村 東杉原(ひがしすぎはら)に到着したのは夕方6時5分。
                  椿−東杉原(約50km)の所要時間は1時間半だった。

                   

                  東杉原には、昭和55年には44戸の暮らしがあったが、
                  徳山ダム、杉原ダム(未竣工)の建設計画により、移転が進み、
                  平成2年に行政区は解散した。
                  そのような山の中に一軒残るお家が営む民宿が「すぎはら」なのだ。
                  興味を持った私は、平成23年7月「すぎはら」に泊まり、
                  宿主の島岡範子さんに往時のお話をうかがい、写真をお借りした。
                  5年経ち、その成果は『廃村をゆく2』の記事となった。
                  島岡さんは、「すぎはら」の近況について尋ねると、
                  「徳山ダムの発電施設は6月に完成し、ダム関係の建設の方は来なくなったが、
                  冠山トンネル工事の方が鶴見のプレハブ宿舎に入ったから、時々来ることがある」
                  とのことだった。

                   

                  夕食の時間になって、ビールをぐいぐい飲むと、
                  ややこしいことを話すことはなし(^_^)
                  どんなに騒いでも、何の問題もない廃村の一軒宿でのカラオケオフは
                  夜遅くまで延々と続いた。

                   

                   

                   画像1 : 「すぎはら」の赤ちょうちん
                    「離れて見たら、すごい風流だろうなあ・・・」と
                    と、画像を見直して思った。

                   

                   

                   画像2 : 「すぎはら」のカラオケタイム(1)
                    よっぱさんが「遠くで汽笛を聞きながら」を唄っている。
                     ※ ミナカミさん撮影

                   

                   

                   画像3 : 「すぎはら」のカラオケタイム(2)
                    ミナカミさんが「UFO」を唄っている。
                    よっぱさんの振りが面白い(^_^)

                   

                    「昭和しばりで行きましょう!」という声に、
                    AKBやエグザイルは出なかった。
                    私の唄では、「なぜか埼玉」の受けがよかったような気がする(^^)

                   

                   (2016年 7月30日(土)午後7時〜11時頃)
                   


                  岐阜県山県市(旧美山町)椿(その3)

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                    平成28年7月30日(土)、岐阜県の廃村めぐり、
                    山県市(旧美山町)の廃村 椿(つばき)、
                    分校跡は、集落跡のほぼ中央にあり、その辺りが椿中村、
                    それより下流側が椿下村、上流側が椿上村と呼ばれる。

                     

                    クルマまで戻って、改めて離村記念碑を見ると
                    上村の三差路付近に記された善林寺というお寺の様子が気になった。
                    これまで上村には行ったことがない。
                    「気になったなら、行きましょう!」と3名はクルマで上村を目指した。

                     

                    上村に着いて、まず目を引いたのは三差路手前の大きな石碑だった。
                    何かと思い確かめたら、個人の家屋跡の碑だった。
                    善林寺跡ははっきりわからなかったが、
                    新しいお墓を含む規模が大きい墓地が見つかった。

                    離村記念碑には載っていなかったが、
                    三差路の一角に、神明神社という神社の跡が見つかった。

                     

                     

                     画像1 : 椿上村・個人の家屋跡の碑
                      表面には「初代 旧縁之地碑 中原治良兵衛・利世」、
                      裏面には「平成26年11月建立」と刻まれていた。

                     

                     

                     画像2 : 善林寺跡と思われる場所の墓地

                     

                     

                     画像3 : 神明神社跡

                     

                     (2016年 7月30日(土)午後4時15分〜4時35分頃)
                     


                    岐阜県山県市(旧美山町)椿(その2)

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                      平成28年7月30日(土)、岐阜県の廃村めぐり、
                      山県市(旧美山町)の廃村 椿(つばき)、
                      縣神社からは、車道に戻らず、脇道を歩いてみた。

                       

                      先の作業小屋に人の気配がしたので、一度足を停めて
                      「どうしましょう」とミナカミさん夫妻に話すと、
                      「ヘヤネコさん的にはGOでしょう!」とのお返事。
                      地域の方は、60代ぐらいの男性(Tさん)で、
                      意を決めて「こんちわー」とご挨拶すると
                      Tさんは朗らかに対応してくれた。

                       

                      「ここは、こんな山のなかやけど、太閤さんの頃から天領でな」
                      と、Tさんは話された。
                      先の離村記念碑の
                      「天正17年(1589年)頃幕府領となり」
                      という記述とつながる話だ。
                       
                      Tさんと分かれてからは、さらに川の上流側に歩いて、
                      分校跡を目指した。
                      北武芸小学校椿分校は、へき地等級1級、児童数33名(S.34)、
                      明治6年開校、昭和46年閉校。同年椿は集団移転により閉村。
                      分校跡の入口には見慣れない記念碑が建立されていた。
                      「いつできたものだろう」と裏面を覗こうとすると、
                      碑の真下から複数の蜂が飛んできたので、
                      「きゃー」と叫び、急いで離れた。
                      幸い、刺されるなどの被害はなかった。

                       

                      分校跡には錆びたブランコ、ジャングルジムなどの遊具が残るが
                      草藪は深く、近づく気にはなれない。
                      「戻りましょうか」とゆるい坂を下ると、前をゆくみなみさんが
                      一人巴投げを決めて、脇の草むらに転がり落ちた。
                      「大丈夫かー」と声をかけると、ダメージはない様子だった。
                      前を歩いていたよっぱさんは、何があったのかわからなかったことだろう。
                      ケガがなかったのは何よりだ。
                      蜂のことも含め、緊張感が伴う分校跡だった。

                       


                       画像1 : 椿分校跡の碑
                        「村影弥太郎の集落紀行」Webによると、
                        平成19年8月建立とのこと。

                       

                       

                       画像2 : 椿分校跡碑の真下の蜂の巣
                        こんなものがあるとは、思いもよらず・・・
                        春の茂みが薄い時期に再訪したいものだ。

                       

                       

                       画像3 : 分校跡−離村記念碑間のお地蔵さん
                        車道沿いに、6体のお地蔵さんが並んでいた。

                       

                       (2016年 7月30日(土)午後3時35分〜3時50分頃)
                       


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