岐阜県郡上市(旧大和町)内ヶ谷開拓

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    平成29年GW、岐阜県の廃村めぐり、
    内ヶ谷開拓は内ヶ谷川(長良川支流)沿い、
    標高は717m(分校跡)、県道から未舗装の林道を入った場所にある。
    最盛期戸数は6戸(戦後)、

    長良川鉄道郡上大和駅から18km(クルマで40分)の

    戦後開拓集落である。

     

    工事道から離れて1辧県道52号線(白鳥板取線)と
    林道黒田亀尾島線の三差路には、お地蔵さんが奉られている。
    西小学校内ヶ谷第二分校は、へき地等級4級、児童数4名(S.34)、
    昭和34年開校、昭和45年閉校。
    未舗装の林道を川上に向かって3卅ると「いかにも分校跡」という
    石垣に囲まれた野外活動の施設が見つかった。
    昭和40年代の児童数は第一分校を上回っていた
    (例えば、S.42は第一分校1名、第二分校12名)。
    しかし、集落再編成事業による移転(昭和45年11月)は
    内ヶ谷全体で進められた。

     

    主な開拓集落跡は、さらに1卆茲某覆鵑西貊蠅砲△襦
    探索すると、石段、石垣、円筒状のコンクリ遺構など、
    いくつかの往時からのものが見された。 
    少し先には「作業小屋駐車場」があって、川の向こうに小屋が見られるなど
    開けた感じがあった。

     

    内ヶ谷開拓には「開拓地」というツーリングマップの表記にひかれて、
    平成3年夏に行こうとしたけれども、
    通じる道が通行止めのため断念したという経緯がある。
    今回訪ねることで、26年ぶりの雪辱を果たすことができた。

     

     

     画像1 野外活動の施設が建つ分校跡

     

     

     画像2 円筒状のコンクリ遺構

     

     

     画像3 川向こうの小屋に続く使用不能の橋

     

      (2017年4月28日(金)午後2時〜2時40分頃)
     


    岐阜県郡上市(旧大和町)内ヶ谷(その2)

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      平成29年GW、岐阜県の廃村めぐり、
      高台の工事道から川沿いの内ヶ谷(上会津)集落跡までの標高差は50mある。
      工事の気配が薄そうな下流部の道を選んで、ゆっくりと下った。
      内ヶ谷集落(開拓を含む)は昭和45年11月、集落再編成事業により解散した。
      いま進んでいるダム建設が離村につながったわけではない。

       

      西小学校内ヶ谷第一分校は、へき地等級4級、児童数24名(S.34)、
      明治30年開校、昭和45年閉校。
      分校跡は川の対岸にあったが、雪融け時期のため水量が豊富で、
      すぐそばまで行きながら渡るのは危険と判断した。

       

      帰り道、見下ろす場所から脇道の坂を上ると、そこには平地があって、
      「白山神社」「金山神社」などの石碑と灯籠が建っていた。
      イチョウの木を含めて、集落から移転したものが集められているのだろう。
      その先には作業小屋らしき家屋が見当たった。

       

       

       画像1 分校跡到達を許さなかった川の流れ(その1)

       

       

       画像2 分校跡到達を許さなかった川の流れ(その2)

       

       

       画像3 神社の石碑や灯籠などが集められていた平地

       

        (2017年4月28日(金)正午〜午後1時頃)
       


      岐阜県郡上市(旧大和町)内ヶ谷(その1)

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        内ヶ谷(第一分校がある小集落名は上会津)は 
        内ヶ谷川(長良川支流)沿い、標高は536m(分校跡)、 
        ダム工事の道から谷へと下った場所にある。 
        最盛期戸数は17戸(明治期)、

        長良川鉄道郡上大和駅から工事道入口までは17km(クルマで34分)、 
        入口からは2辧陛綿發40分)である。 

        内ヶ谷には主要地方道52号線(白鳥板取線)が通っているが、 
        冬季は通行止になる。 
        地区内 金山の三差路には「公共内ヶ谷治水ダム建設工事」 
        「2卆莵圓止まり」という看板が建っていた。 

        2km先、工事道入口には警備の方がいて 
        「一般車は立ち入ることはできません」と通行を拒まれた。 
        「分校跡を目指しているのですが、歩いてならば行ってもいいですか」 
        と話すと、通行を許してくれた。 
        入口に近い場所には、山菜取りなどで来られる方もいるそうだ。 

        長靴に履き替えてダンプカーなどがときどき通る工事道を歩くこと30分で、 
        上会津集落跡を見下ろす場所までたどり着いた。 

         


         画像1 金山の三差路に立つ「公共内ヶ谷治水ダム建設工事」の案内板 
         

         

         画像2 一般車両通行止の工事道入口 
         

         

         画像3 ダム工事が進む上会津集落跡 

          (2017年4月28日(金)午前11時〜11時30分頃) 
         


        岐阜県下呂市(旧金山町) 下山

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          平成28年6月27日(月)、岐阜県・岩屋ダム建設関連の廃村めぐり、
          弓掛からは来た道を戻り、3つ目の廃校廃村 下山(しもやま)へと向かった。
          馬瀬大橋南側の三差路で県道431号線(下山名丸線)に入り、4劼曚匹気のぼると、
          左手にひと目でそれとわかる下山の離村記念碑が見出された。
          旧馬瀬村中心部はさらに上流部にあるが、訪ねるには時間がなく、碑を折り返し点とした。

           

          下山の離村記念碑は、「私たちの故郷 馬瀬村下山区」という主碑と
          「永久に 想い出の ふるさとを偲び しるし残さむ この碑」という詩の副碑からなり、
          副碑には世帯主24名の名前が刻まれていた。-
          移転先を見ると、下呂市旧萩原町と関市が多く、地元旧馬瀬村は皆無だった。
          五万図と見比べると、石碑は下山地内の中垣内(なかがいつ)という小集落が
          湖底となったあたりに建てられている様子だった。

           

           

           画像1 下山の離村記念碑(主碑)、「私たちの故郷」(昭和51年建立) 

           

           

           画像2 下山の離村記念碑(副碑)、世帯主24名の名前が刻まれていた

           

           

           画像3 離村記念碑から見た東仙峡金山湖(岩屋ダム湖)

           

           (2016年 6月27日(月)午後2時20分頃)


          岐阜県下呂市(旧金山町) 弓掛(その2)

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            平成28年6月27日(月)、岐阜県・岩屋ダム建設関連の廃村めぐり、
            住宅地図に多くの建物が記されていたので、私は長らく弓掛(ゆがけ)を高度過疎集落と考えていた。
            しかし、それは誤りで、弓掛集落のうち水没しなかった部分については、「飛騨金山の森キャンプ場」という野外活動施設として活用されていたことがわかった。

            「飛騨金山の森キャンプ場」Webによると、弓掛の離村は昭和48年、キャンプ場の開設は昭和54年。運営者の有限会社 弓掛観光開発は、地域の方が運営されていた。

             

            弓掛に滞在できる時間は1時間弱。「何を見ようか」とキャンプ場の総合案内所そばにクルマを停めて、上流方向に歩いていると、川(弓掛谷川)に吊り橋跡の橋台が見当たった。五万図を見ると、中平から対岸の奥平に渡る下手の橋のようだ。
            今架かる橋(長渕橋)で右岸に渡ると、石垣などに往時の匂いが感じられた。石垣を頼りに川に近い人工林を歩くと、右岸に残る橋台を見つけることができた。
            右岸のキャンプ場の名前を確認すると、奥平ではなく上平だった。

             

            神社(白山神社)の所在がわからないので、総合案内所対面の炭焼窯の辺りで作業をされていた観光開発の方に尋ねたところ、「少し下流側の小高い山の斜面に残っている」と教えていただいた。
            県道から枝道に入って、心当たりをたどっていくと、枝道を横切るような参道が見出され、左に折れて石段を上がると整った神社の拝殿が迎えてくれた。
            拝殿からまっすぐ参道を下りていくと、その先には灯籠が待っていた。キャンプ場のバンガローのそばに起立する灯籠は、微妙に調和していた。

             

            弓掛に心地よさを感じたのは、月曜の昼下がり、観光の方の姿がわずかたったことと、この地を愛する地域の方が運営されていたことからなのだろう。

             

             

             画像1 長渕橋のそば、人工林の中に残る弓掛谷川右岸の橋台

             

             

             画像2 整った白山神社の拝殿

             

             

             画像3 神社参道の灯籠が、キャンプ場のバンガローのそばに起立する

             

             (2016年 6月27日(月)午後1時30分頃)


            岐阜県下呂市(旧金山町) 弓掛

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              平成28年6月27日(月)、岐阜県・岩屋ダム建設関連の廃村めぐり、
              卯野原神社からは、か細いダム湖右岸の道を進み、細越橋で県道86号線に戻り、上流部の弓掛(ゆがけ)を目指した。
              ダム湖が川に戻ったあたりで迎えてくれたのは「飛騨金山の森・押洞地区」という案内板だった。
              少し先まで走ると、一目で「分校跡ではないか」と思った「憩いの家 もみじ」が見当たった。

               

              東第二小学校(のち東第一小学校)弓掛分校は、へき地等級2級、児童数64名、明治6年開校、昭和47年閉校。
              五万図を見ると押洞(おしぼら)は弓掛地内の小集落名で、文マークは中平(なかひら)に記されている。
              場所的に見ても今残る「憩いの家 もみじ」の建物は、往時の校舎を改装したものに違いなさそうだ。
              そして分校跡の平地の一角には、世帯主54名の名前が刻まれた「故郷の碑 弓掛区」という離村記念碑が建っていた。

               

               

               画像1 「飛騨金山の森・押洞地区」という案内板

               

               

               画像2 一目で「分校跡ではないか」と思った弓掛分校跡

               

               

               画像3 離村記念碑「故郷の碑 弓掛区」(昭和47年建立)

               

               (2016年 6月27日(月)午後1時頃)

               


              岐阜県下呂市(旧金山町) 卯野原

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                平成28年6月27日(月)、岐阜県・飛騨の廃村めぐりでは、
                岩屋ダム建設関連の廃村 下呂市卯野原(うのはら)、弓掛(ゆがけ)、下山(しもやま)を訪ねた。
                梅雨時とは思えない晴天の日だった。

                 

                岩屋ダムの車道になっている堤体を渡り、地域の方しか走らないようなか細い道をしばらく走ると、視界が開けて卯野原神社に到着した。
                クルマを借りた岐阜羽島駅から3時間近くかかっているが、これは想定内のことで、走行距離は124劼△辰拭

                 

                神社はダムができる前の五万地形図「下呂」(S.43)をみると、卯野原地内の田畑(たばた)という小集落のエリアに建っている。
                卯野原神社は、ダム建設時に地内の5社を合祀されたもので、境内には大きな社殿と忠魂碑が建っていたが、人の気配はまったくない。
                私は石段に座り、梅雨時とは思えない青空の下でおにぎりを食した。

                 

                 

                 画像1 大きなロックフィルダム・岩屋ダムと東仙峡金山湖

                 

                 

                 画像2 湖畔に建つ卯野原神社(昭和51年建立)

                 

                 

                 画像3 卯野原神社・境内の大きな社殿と忠魂碑 

                 

                 (2016年 6月27日(月)正午頃)


                岐阜県揖斐川町(旧徳山村)上開田

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                  平成28年7月31日(日)、岐阜県〜福井県の廃村めぐり、 
                  揖斐川町東杉原の宿「すぎはら」を朝9時頃に出発し、
                  旧徳山村・・・というか、徳山湖、徳山会館を目指した。

                   

                  当初、「何の施設なんだろう」と思った徳山会館は、
                  ダム湖完成から9年経って、徳山湖に来たら立ち寄ろうと思う
                  施設となっていた。

                   

                  徳山本郷出身の館長とご挨拶をして、徳山湖の近況をうかがった。

                  徳山村にはかつて8つの集落があって、門入を除く7つの集落は水没したが、
                  各集落には離村記念碑が建てられていて、
                  そのうち塚、戸入、門入の記念碑には通じる道がないため、
                  容易に行くことはできないとのこと。
                  「戸入、門入の記念碑には、9年前、ホハレ峠からの道を使って
                  歩いて行ってきましたよ」
                  と話すと、館長との距離が縮まった感じがした。

                   

                  この日は高倉峠を越えて、福井県南越前町(旧今庄町)に向かうため、
                  徳山村に滞在できる時間は限られている。
                  館長にお勧めのポイントを尋ねると、
                  「上開田の離村記念碑がある広場」という答えが返ってきた。
                  上開田(かみかいでん)は、徳山本郷の川向いで、
                  かつて徳山中学校があった、村の中心部だ。
                  ミナカミさん夫妻、私とも、行ったことがなく、近くでもあるので、
                  訪ねることになった。

                   

                   

                   画像1 : 上開田・離村記念碑広場から見た徳山湖
                    見晴らしの良い高台にあるため、徳山会館から見るよりも立体感があって
                    よい感じだ。
                    「キャンプできるね」と話す3人だった。
                    (注) このメンバーは、10年前、水没前の戸入で、
                       さらに9年前、ダム完成後の門入で、キャンプをしたことがある。

                   

                   

                   画像2 : 上開田・離村記念碑広場に祀られている石仏らしきもの
                    広場から階段を上がった先に、石仏らしきものが祀られていた。
                    昔から祀られていたものか、移転してきたものかは不明だが
                    しっかりとその場を引き締めていた。

                   

                   

                   画像3 : 徳山会館(下開田)−上開田間の滝
                    これは、徳山湖畔に道ができたから、見れるようになった滝であろう。
                    暑い夏の日差しの中、3人は天然の涼を楽しんだ。

                   

                   (2016年 7月31日(日)午前10時20分〜10時40分頃)
                   


                  岐阜県揖斐川町(旧藤橋村)鶴見

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                    平成28年7月31日(日)、岐阜県〜福井県の廃村めぐり、 
                    朝の単独の散歩で、揖斐川町鶴見を探索した。

                     

                    杉原小中学校跡の校舎は、宿泊施設に転用されて久しい。
                    近寄って驚いたのは、横に新しい建物が建てられていたことだった。
                    作業員のプレハブ宿舎は、集落の南端にあった。
                    昔は居酒屋「わっしょい」があった区画で、固定で建っているように思われる。

                     

                    藤橋城近くまで戻ると、武山神社の境内に
                    「ふる里」と刻まれた離村記念碑があることに気がついた。
                    「平成17年4月建立」ということは、建ってからだけでも
                    4回も鶴見に立ち寄っている。
                    今まで気がつかなかったことを、申し訳なく思った。

                     

                     

                     画像1 : 杉原小中学校跡の校舎
                      「ふじはし星の家」という宿泊施設に転用されている。
                      新しい建物は、その新館なのだろうか。

                     

                     

                     画像2 : 作業員のプレハブ宿舎
                      入口には「冠山峠道路 第1号トンネル工事」
                      という看板が見られた。

                     

                     

                     画像3 : 鶴見の離村記念碑
                      「昭和後期の鶴見区絵図」には、小中学校、浄輪寺、
                      武山神社をはじめ、約50戸の家々が刻まれていた。

                     

                     (2016年 7月31日(日)午前6時〜6時30分頃)
                     


                    岐阜県揖斐川町(旧藤橋村)東杉原(その2)

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                      平成28年7月31日(日)、岐阜県〜福井県の廃村めぐり、
                      揖斐川町東杉原の宿「すぎはら」で起床したのは朝5時頃。

                      風呂に入った後、時間があったので、散歩に出かけた。

                       

                      昨夕よりもサルの数は少なく、近づくと遠ざかっていった。
                      「どこに行こうか」と考えた結果、鶴見にある杉原小中学校跡と
                      プレハブの作業員宿舎を目指すことになった。

                       

                       

                       画像1 : 「すぎはら」近辺から見た藤橋城
                        城型のプラネタリウムは、対岸の鶴見にある

                       

                       

                       画像2 : どんどん橋から見た藤橋城
                        左が東杉原、右が鶴見で、境界に揖斐川が流れる。

                       

                       

                       画像3 : 東杉原を闊歩するニホンザル
                        一匹ぐらいならかわいいんだけどねえ・・・

                       

                       (2016年 7月31日(日)午前5時40分〜6時45分頃)

                       

                        今日は「山の日」、これから日帰りで宮城県の廃村に出かけます。
                        「廃村千選」累計訪問数、いよいよ500か所達成!の予定です。


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