松島と釜島

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    平成29年12月上旬、四国の廃村探索、
    探索2日目(12/2(土))、無事杖立リベンジを果たした後は
    新名杖立口(クルマを置いた場所)からノンストップで阿波池田に戻り、
    南風に乗って、岡山を経由して、
    大学の頃の同窓会が開かれる(及び実家がある)大阪へと向かった。

     

    途中瀬戸大橋では、車窓から松島と釜島を見ることができた。
    松島の分校跡は、
    「すぐに行けるのではないか」と思えるほどの距離感で見れる。
    対して釜島は、
    島の茂みの中に分校跡があるとは到底思えない。

     

    松島に上陸したのは平成21年1月、
    釜島は、平成21年1月と平成22年3月(リベンジ)に上陸している。
    いつ見ても、「ちょっと前」のことのように思えるのだが。
    瀬戸大橋から二つの島を見て、上陸してからの年月を数えるたび、
    時の流れのはかなさを感じてしまう。

     

     

     画像1 松島の南側海岸と分校跡の建物
        手前の島は櫃石島(香川県坂出市)

     

     

     画像2 釜島の西側海岸
        松島、釜島の所在は、ともに岡山県倉敷市

     

      (平成29年12月2日(土) 午後3時20分頃)
     


    丸亀

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      平成29年12月上旬、四国の廃村探索、
      前日(11/30(木))は通常勤務の後、東京駅午後6時発岡山行きのぞみに乗る。
      岡山で南風に乗り替えて、丸亀駅に着いたのは夜10時16分。
      駅前は年末らしいイルミネーションが飾られていた。

       

      ホテルのロビーで環境研の小林さんと合流。
      近くのローカル居酒屋で骨付鳥をアテに地酒を飲みながら明日の計画を立てる。
      「棚田跡がある集落のほうがいろんな種の植物があってよい」とのことで、
      目的地は当初予定していた徳島県旧池田町山風呂(やまぶろ)から
      急きょ高知県芸西村の白髪(しれげ)に変わる。
      酔った頭でざっくり見積もった時間配分では、夕方5時15分頃には
      阿波池田駅に着くことができそうだ。
      小林さんは「近隣の現住集落をこれから探す」と、先にホテルに戻った。
      その後、お店の方にマニア話のネタあかしをしながら過ごす。
      居酒屋に入ると、2時間ぐらいは必要なようだ。

       

      探索1日目(12/1(金))、起床は朝6時頃。
      丸亀城まで散歩に出かけ、うどん屋で釜揚げうどんを食した。
      城山は風が強く寒かったが、
      丸亀市街や瀬戸内の島々、瀬戸大橋が一望することができた。

       

       

       画像1 丸亀駅南口駅前のイルミネーション

       

        (平成29年11月30日(木) 午後10時20分頃)

       

       

       画像2 朝の丸亀城

       

        (平成29年12月1日(金) 午前7時15分頃)

       


      出来島

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        平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 
        七里長浜広域農道を走り,34年ぶりにたどり着いた出来島では,
        台風の影響で荒れた日本海を見ることができた。

         

        つがる市木造出来島は、182戸487名(H.23)だから、
        まずまず大きい集落だが、
        七里長浜沿いには他に集落がないため、
        34年前(昭和58年)、目指していったのだろう。

         

        出来島からは,カーナビに頼って岩木山麓の県道(31号弘前鯵ケ沢線)を走り,
        弘前駅には夕方5時30分頃に帰着した。

         

         

         画像1 弘南バス、出来島バス停

         

         

         画像2 出来島海岸、荒れた日本海

         

         

         画像3 出来島、内陸の沼で見た虹

         

          (平成29年9月18日(月祝)午後4時〜4時15分頃)
         


        松前街道、お昼どき

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          平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 
          沖浦から津軽半島内陸北部の母沢までの距離は、陸奥湾沿岸の蟹田経由でおよそ90劼△襦
          時間を稼ぐため、IC二区間分(黒石IC−青森IC)だけ高速道路を走り、
          昼食休みは津軽線の駅でとろうと思ったが、蓬田駅、郷沢駅が小さくて新しい駅だったので、
          R.280(松前街道)蓬田村の玉松海水浴場の施設でとった。

           

          R.280を走行時の天気は、風はまずまず、雨は降るけれども時々晴れ間もあるという、

          台風のもとらしいものだった。

           

           

           画像1 青森市営バス 後潟バス停
              青森市と蓬田村の境目にあり、ターミナルになっている。

           

           

           画像2 JR津軽線 蓬田駅
              小さな無人駅だが、駅舎は新しかった。

           

           

           画像3 玉松海水浴場から見た陸奥湾
              カモメとにらめっこしながら、おにぎりを食した。

           

            (平成29年9月18日(月祝)午前11時55分〜12時30分頃)

           


          十和田湖

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            平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 
            鹿角八幡平から沖浦までは発荷峠を越え、十和田湖西岸、滝ノ沢峠を通って、
            R.102を山から里へ向かう道を選んだ。

             

            十和田湖も昭和63年8月にソロツーリングで訪ねているが、
            平成2年8月に私には珍しくグループツーリングで立ち寄っているので、
            今回は27年ぶり 3回目だ。

             

            27年前に一緒に行ったMくん。
            再びのバイク生活、エンジョイしていますか。

             

             

             画像1 29年前の十和田湖
                港なので、休屋で撮ったものと思われる。
                私は26歳だったことになる。

             

              (昭和63年8月24日(水)おそらく午後)

             


             画像2 発荷峠から見下ろした十和田湖
                台風がらみの雨が降っていたが、見通しはよかった。
                出発してまもなく、強烈な雨が降った。

             

             

             画像3 十和田湖畔、滝ノ沢キャンプ場
                風景に重なるものはなかったが、
                27年前、おそらくここでキャンプをしたと思われる。

             

              (平成29年9月18日(月祝)午前8時15分〜9時頃)
             
             


            大湯ストーンサークル

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              平成29年9月18日(月祝)、青森県・津軽の廃村めぐり、 
              鹿角八幡平から沖浦までは発荷峠を越え、十和田湖西岸、滝ノ沢峠を通って、
              R.102を山から里へ向かう道を選んだ。
              台風が南からの空気を運んできており、気温は21℃と高い。

               

              途中、昭和63年8月に訪ねた大湯ストーンサークル(環状列石)があったので、
              29年ぶりに立ち寄って、朝食休みをとった。
              施設は同じものとは思えないぐらい整っていたが、
              「クマ出没のため見学不可」の看板とロープがあったので、
              「お邪魔します」といってロープを跨ぎ、縄文の空気を味わった。

               

               

               画像1 29年前の大湯ストーンサークル
                  この時は大阪から小樽まで、10泊11日のツーリングの道中で、
                  乳頭温泉から酸ヶ湯に向かっている途中だった。

               

                (昭和63年8月24日(水)おそらく午前中)

               

               

               画像2 大湯ストーンサークルの入口
                  この手前に「クマ出没のため見学不可」の看板とロープがあった。
                  あまりの変貌ぶりに、記憶と結びつかない。

               

               

               画像3 大湯ストーンサークル
                  こんなに広々とした整えられた施設とは思いもよらなかった。
                  雨は降っていたが青空のかけらが覗き、ずいぶん気分が軽くなった。

               

                (平成29年9月18日(月祝)午前7時30分頃)
               


              旅先の秋田・青森に台風18号襲来

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                平成29年9月17日(日)、秋田県北部の廃村めぐり、 
                この日の宿は鹿角八幡平の民宿「ゆきの小舎」。走行距離は209辧
                振り返れば「廃村と過疎の風景」の旅は、
                18年前(平成11年10月)の「ゆきの小舎」に泊まった日から始まった。
                8年ぶりに宿主夫妻と語らいながら過ごす夜は、
                秋田県北の廃校廃村26か所完訪を祝うのにふさわしいひとときだった。

                 

                TVを見ると、9月13日(水)には沖縄県宮古島付近にいた台風8号は、
                17日(日)午前中に鹿児島県薩摩半島に上陸、
                夜9時現在、兵庫県姫路市付近にいるらしい。
                予報では日本列島を縦断する形で速度を上げて進み、
                18日(月祝)は秋田・青森に接近して、北海道へと向かうらしい。
                台風のもとの廃村めぐりは気が進むわけではないが、宿にこもっていてもしかたがない。
                旅の足がクルマであればなおさらだ。

                 

                3日目の目的地は、青森県・津軽の3か所だったが、
                行くためには行き止まりのダートの林道を走らなければならない
                旧浪岡町水ヶ沢(みずがさわ)行きはあきらめて、
                舗装した道の途中にある黒石市沖浦(おきうら)と
                旧中里町母沢(もさわ)の2か所に絞り込むことにした。

                 

                9月18日(月祝)、起床は早朝5時頃。八幡平は雨が降っていたが、
                大荒れというわけではない。
                宿主夫妻に見送られて「ゆきの小舎」を出発。
                合流したばかりのR.341では、電線に木の枝が引っかかっている。
                坂比平のローカルコンビニが開いていたので、店に入ってパンとおにぎりを調達した。

                 

                 

                 画像1 荒天の「ゆきの小舎」、宿主に見送っていただく

                 

                 

                 画像2 「ゆきの小舎」からR.341まで、水量が増した川に沿ってダートを走る

                 

                 

                 画像3 R.341 坂比平付近、電線に木の枝が引っかかっていた

                 

                  (平成29年9月18日(月祝)午前6時20分〜6時30分頃)


                遊漁船潮風

                0

                  10月に入って、4月上旬に瀬戸内の比岐島、四阪島、津島を訪ねて
                  ちょうど半年となった。

                   

                  離島を訪ねる計画を立てるとき、腰が重くなりがちなのは、
                  船に乗らなければならないからに違いない。
                  選ぶにあたっては、さまざまな判断が必要になる。

                   

                  離島を訪ねた後の満足度に、船が与える要素は大きい。
                  比岐島、四阪島行きで選んだ遊漁船潮風は、とてもよい船だった。

                   

                  腰は重くなりがちなのだが、
                  年に一度は、どこかの離島の廃村を目指したいと思っている。

                   

                   

                   画像 遊漁船潮風にて、船長と私
                     同行したふたつぎさんが撮ってくれたもので、
                     背景には四阪島が写っている。
                     8月の飲み会で、A4判の写真をちょうだいして、
                     10月に入ってスキャンした。

                   

                    (平成29年4月9日(日)午後1時10分頃)

                   


                  祭祝典

                  0

                    平成29年9月16日(土)、秋田県の廃村めぐり、
                    この日の宿は鷹巣市街のビジネスホテル。走行距離は207辧

                     

                    大開からの帰り道、藤里町藤琴あたりでも
                    お昼に岩野目小学校跡近くで見かけたのと同じような
                    脇道の上に施された「祭祝典」と書かれた飾りを見かけた。
                    中には電球が灯っていて、誰もいない闇の中、
                    不思議な風景として記憶に残った。

                     

                     

                     画像1 祭祝典(その1)
                        お祭りの飾りだと思うのだけど、
                        人はいないし、他には何も見当たらない。

                     

                     

                     画像2 祭祝典(その2)
                        飾りは車道を挟んで向こう側にもある。
                        近くに神社があるかどうかは、わからなかった。

                     

                      (平成29年9月16日(土)午後6時30分頃)


                    戦後開拓集落 平滝

                    0

                      平成29年9月16日(土)、秋田県の廃村めぐり、
                      千歳からは、平滝林道(ダート)を走って、今も存続する戦後開拓集落 平滝に立ち寄った。
                      平滝の入植は昭和22年、戸数は27戸、現在(H.27)の戸数は6戸。
                      地勢でいうと早口川流域、千歳よりも山の奥にあり、かつては味噌内林道からの道がメインの道だった。
                      しかし今は、岩瀬川流域からの道がメインの道となっている。

                       

                      公民館のそばにクルマを停めて、
                      「開拓地整備 平滝〜千歳線」と記された看板がある三差路の周囲を探索すると、
                      「拓魂之碑」(昭和52年建立)が見当たった。
                      また、五万地形図(田代岳、S.46)の文マークの場所も訪ねたが、
                      平地が見られただけだった。
                      越山小学校平滝冬季分校は昭和52年まで通年の分校、平成元年閉校。
                      冬季分校は今の公民館で開校していた。

                       

                      標高280mの高原面にある平滝には、牧草地が広がっているが、水田は見られない。
                      30分ほどの探索の間、ネコには出会えたが、地域の方に出会うことはなかった。

                       

                       

                       画像1 平滝・「開拓地整備 平滝〜千歳線」と記された看板がある三差路 
                          カーブミラーの奥に「拓魂之碑」、
                          三差路左側少し先に旧分校跡、右側に公民館がある。

                       

                       

                       画像2 旧分校跡に向かう道(ダート)で見かけた廃屋
                          この日の探索で唯一見かけた廃屋は、
                          廃村ではなく存続集落で見かけたものだった。

                       

                       

                       画像3 平滝で見つけたネコ
                          忙中ネコあり。にらめっこをして、ひとときなごむ。

                       

                        (平成29年9月16日(土)午後2時5分〜2時30分頃)
                       


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