旭川駅から旭川空港へ

  • 2020.04.22 Wednesday
  • 06:26

令和2年3月上旬、北海道 紋別・滝上への旅、
滝上から乗ったバスが、旭川駅前に到着したのは午後3時40分頃。
107劼2時間10分で走ったことになる。

 

上雄柏の堀江さんは、バスが到着した反対側、旭川駅南口で待っていてくれた。
私が夜の便で旭川空港から帰る予定になっていたことから、
取材は空港で行うことになった。

 

途中、直線の道が右に折れるあたりで、
折れた先も直線の道らしきものが続いている場所があった。
「北海道らしい景色ですね」とか話しながら写真を撮ったが、
そこがどこなのか、わからないままになった。

 

 

  画像1: JR旭川駅の雪だるま(その1)
      改めて見ると、猫耳黒マスクの雪だるまは、なかなかセンスが良い。

 

 

  画像2: JR旭川駅の雪だるま(その2)
      写真を撮ったときはこちらのほうがインパクトがあったが、
      改めて見ると、結構いいかげんだ。

 

  (2020年3月8日(日) 午後3時50分頃)

 

 

  画像3: 旭川駅から旭川空港へ
      そこがどこなのかわからない写真が、
      この旅の最後の風景写真になった。

 

  (2020年3月8日(日) 午後4時20分頃)

 

滝上バス停

  • 2020.04.20 Monday
  • 07:07

令和2年3月上旬、北海道 紋別・滝上への旅、
中雄柏からは、道の駅 香りの里たきのうえ に立ち寄り軽食をとり、
滝上町文化センター前、滝上バス停へと向かった。

 

昨年5月の探索では、ここで札幌に戻る成瀬さんを見送ったが、
今度は旭川へ行く私が見送られることになる。
今回の旅で、北海道において都市間バスは鉄道の代替手段として定着していることを実感した。

 

 

  画像1: 滝上バス停に到着した旭川行き都市間バス
      国鉄の頃、滝上から旭川へ向かうには、
      渚滑、紋別に出て、中湧別、遠軽を経由して行っていたのかな。
      滝上は都市間バスの恩恵が強い町と言えそうだ。

 

  (2020年3月8日(日) 午後1時30分頃)

 

 

  画像2: 滝上バス停そばの温度計(その1)
      昨年5月下旬に訪ねたときは、とても暑い日だった。
      温度計は35.0℃となっている。

 

  (2019年5月26日(日) 午後3時30分頃)

 

 

  画像3: 滝上バス停そばの温度計(その2)
      バスの車窓から温度計が見えたので、とっさに写真を撮ってみた。
      温度計は 5.6℃、意外に暖かかった。

 

  (2020年3月8日(日) 午後1時30分頃)
 

紋別武徳館

  • 2020.04.15 Wednesday
  • 07:00

令和2年3月上旬、北海道 紋別・滝上への旅、
紋別市内で鴻之舞の小玉さんの取材を終えた後、
北海民友新聞(紋別の地域紙)の記者の方の案内で
紋別武徳館を見に行った。

 

この建物、かつては鴻之舞にあって「光風殿」と呼ばれていたという。
鴻之舞金山の全盛期(昭和15年)に建立、
金山の人員削減が進んだ昭和41年に紋別市内に移築された。

建立から80年、紋別武徳館は今も武道場(剣道、柔道など)として
紋別市民に使われ続けている。

 

 

  画像1: 正面から見た紋別武徳館
     とても大きな建物で、正面からでは全容を写すことはできない。

 

 

  画像2: 向かって左、山側から見た紋別武徳館
     坂を下った先には、流氷を浮かべたオホーツク海が広がる

 

 (2020年3月8日(日) 午前10時50分〜11時頃)
 

紋別の夜(やきとりばんちゃん)

  • 2020.04.14 Tuesday
  • 07:03

令和2年3月上旬、北海道・宗谷の廃校廃村探索を終え、
辻さんのクルマで紋別市街に到着したのは夕方6時15分頃。
紋別は昨年2月、5月に続いてなので、1年1ヵ月の間に3回も来たことになる。

 

最初に紋別を訪ねたとき、事前に当時紋別在住の辻さんに
「オフミートにいい店はありませんか」と尋ねたところ、
「いい店はありません。強いて言えばつぼ八がオススメです」という返事が来た。

「紋別みたいなアクの強い漁港のある町に、そんなことはありえない」
とは思ったものの、特に調べることはなく、当日を迎えた。

 

その日、取材で落ち合うことになっていた
北海民友新聞(紋別の地域紙)の記者の方から
「やきとりばんちゃんでどうでしょう」というメールが来たのが
足を運んだきっかけだ。

 

そして、1年1ヵ月の間に3回もばんちゃんに足を運ぶことになった。
かつて長崎県池島にあった「やきとり江夏」以来のインパクトではないだろうか。
また紋別へ行く機会があったら、かつうら旅館に泊まって
「ばんちゃん」の暖簾をくぐることであろう。

アクが強い店にひかれるのは、呑んべいの性のようだ。

 

 

  画像1: 夜の紋別・旧紋別駅とスーパーマーケットしめまる
     かつて紋別には、名寄本線の駅があった。
     しめまるで土産にきびだんごを買うのも定番になりつつある

 

 

  画像2: 夜の紋別・夢小路 廉売飲食街
     かつうら旅館のそばにも、魅力的な飲み屋街がある。
     夜の灯りと硬雪の相性はとてもよい。

 

 

  画像3: 夜の紋別・はまなす通り
     お店の数でいうと、紋別一の飲み屋街のようだ。
     人通りは、それほどあるわけではない。

 

 

  画像4: 夜の紋別・ばんちゃんの赤ちょうちん(その1)
     ばんちゃんは表通りから枝道に入った、目立たない場所にある。
     知らずに歩いていても、見つけることができたらアンテナが立ちそうだ。

 

 

  画像5: 夜の紋別・ばんちゃんの赤ちょうちん(その2)
     知っていれば目指していくので、目立たないぐらいがちょうどよい。
     改めて見ると「これぞ赤ちょうちん」という風格がある。

 

 (2020年3月7日(土) 午後6時40分〜9時50分頃)
 

道の駅おうむ ランドタワーに上る

  • 2020.04.13 Monday
  • 06:13

令和2年3月上旬、北海道・宗谷の廃校廃村探索を終え、
枝幸バスターミナルで辻さんと待ち合わせたのは午後3時頃。
枝幸市街は駅跡を見るぐらいで、先へと進む。

 

枝幸から雄武までは、国道238号で52劼發△襦
途中、雄武町幌内で、辻さんに興浜未成線の橋脚を教えていただく。

 

雄武町は、漁業と林業、畜産業などが主要産業で、
国調人口は、昭和35年(10,518名)をピークとして毎年減少し、
平成27年では4,525名になっている。

辻さんは小学生の頃 雄武市街で過ごされた。
「その頃(1970年代)の雄武は木工場がたくさんあって,雄武駅には貨物列車が停まっていた」とのことだが,今,その姿を想像するのは難しい。
旧雄武駅のそば、道の駅おうむのランドタワーからは、雄武市街と流氷が浮かぶオホーツク海を見渡すことができた。

 

 

  画像1: 雄武町幌内、雪中に興浜未成線の橋脚が残る

 

 

  画像2: 道の駅おうむ ランドタワーから見渡した雄武市街と流氷が浮かぶオホーツク海(その1、枝幸方面)

 

 

  画像3: ランドタワーから見渡した雄武市街と流氷が浮かぶオホーツク海(その2、雄武港方面)

 

 

  画像4: ランドタワーから見渡した雄武市街と流氷が浮かぶオホーツク海(その3、興部方面)

 

 (2020年3月7日(土) 午後3時55分〜4時15分頃)
 

興浜北線 代替バスに乗車する

  • 2020.04.11 Saturday
  • 07:41

令和2年3月上旬、北海道・宗谷の廃校廃村探索、
成瀬さん、田中さんとは浜頓別バスターミナルで分かれたのは午後1時30分頃。
枝幸行きの宗谷バスが出るのは午後2時10分。
時間があったので、カンジキが入った段ボールを浦和に戻すためセイコマまで歩いて往復する。

 

浜頓別発枝幸行きというと、かつての国鉄興浜北線(昭和11年開業、昭和60年廃止)の区間で、この機会に乗っておきたくなった。
今年は廃止から35年目、バスの乗客は私ともう一人の旅人、地域のおばあさんの3人だった。
バスの車窓から見たオホーツク海には、どこまでも見事な流氷が広がっている。
興浜北線のハイライトだった斜内山道の区間は、あっさりトンネルで通過した。

 

枝幸バスターミナル着は午後2時58分。
待ち合わせた辻さんによると、時間があったので浜頓別まで行こうとしたが、
途中で枝幸行きのバスとすれ違ったため、バスの後ろを走ってきたとのことだった。
旧北見枝幸駅前には、昔ながらの駅前食堂があったが、少し前に閉店になった様子だった。

 

 

  画像1: 浜頓別バスターミナルから、枝幸行き 宗谷バスに乗車する

 

 

  画像2: 国道238号線 浜頓別町内、バスの車窓から見たオホーツク海には見事な流氷が広がっている

 

 

  画像3: 枝幸市街に入り、興浜北線を彷彿させる切符を撮る

 

 

  画像4: 旧北見枝幸駅前、昔ながらの駅前食堂が残る

 

 (2020年3月7日(土) 午後2時5分〜3時頃)
 

葛巻町 平庭峠から田部へ

  • 2020.03.20 Friday
  • 07:51

令和2年2月上旬、岩手県の廃校廃村探索2日目、
久慈市(人口 35,000名(R.2))の中心部は素通りして、国道281号に入り内陸部を目指す。
平庭峠(750m)あたりは交通量は少ないが路面は真っ白。
「いつのまにか、真っ白な路面を走ることができるようになったもんだなあ」と感心。
しかし、峠を越えてからの下り坂は、曲がりくねった区間もあって、セカンドギアを多用して慎重に走る。
そのうちに「すべる」という黄色地の標示板となじみになってきた。

 

葛巻町(人口 6,000名(R.2))では中心部でコンビニに入り、馬淵川沿いのゆるやかな下りを主とする県道(15号 一戸葛巻線)を走る。
田部地区に入ってしばらく走ると、「毛頭沢 イーハトーブの赤い屋根 ← 4.6辧廚箸いξ仗Г琉篤眸弔出てきた。

 

 

 画像1: 葛巻町・平庭峠を越えたあたりの国道281号、主要道だが路面は真っ白

 

 

 画像2: 県道(15号 一戸葛巻線)で見かけた「すべる」という黄色地の標示板

 

 

 画像3: 「毛頭沢 イーハトーブの赤い屋根 ← 4.6辧廚箸いξ仗Г琉篤眸弔出てきた

 

 (2020年2月10日(月) 午前9時15分〜10時10分頃)

安家洞から安家川河口へ

  • 2020.03.19 Thursday
  • 06:19

令和2年2月上旬、岩手県の廃校廃村探索1日目、
この日の宿、三陸海岸沿い 安家(あっか)川河口の「小野旅館」。
上戸鎖からは久慈市街から向かうルートもあったが、県道を安家洞(日本最大規模の鍾乳洞で、冬季は休業)がある安家まで戻るルートを選んだ。

 

安家から河口に向かう川沿いの県道は、令和元年10月の台風被害で傷んでおり、各所で工事が進められていた。
また、平成2年8月の東北ツーリングで走ったとき、途中にダートがあって驚いたが、今も一部ダートが残っている様子だった。

 

その東北ツーリングでは、三陸海岸の名勝 北山崎から安家川河口、安家洞へと、5台のバイクで走っている。
当時私は大阪に住んでいて、その3か月後、転職で東京へ引っ越すことになる。
「今や埼玉からでもこんなところまでバイクでは来れないな」と思う。
あのときは5人組、当時、東京近辺に居た4人は、今は茨城、愛知、広島、そして岩手に越している。

 

 

 画像1: 30年ぶりの安家洞は、冬季休業中だった

 

 

 画像2: 安家川沿いの県道には、注意を促す標識が山ほどあった

 

 

 画像3: 安家川沿いの県道、河口まであと10劼曚匹里箸海蹐婆襪猟△降りる 

 

 (2020年2月9日(日) 午後4時45分〜5時15分頃)

 

宗谷岬と流氷と

  • 2020.03.14 Saturday
  • 07:27

令和2年3月上旬、北海道・宗谷の廃校廃村探索の旅 2日目、
南稚内駅前のセイコマで朝食を調達し、田中さんのクルマで一路宗谷岬を目指す。
流氷は稚内市街の海まで来ていて、朝陽に照らされて赤みががかっていてとても美しい。
「ゆっくり見たいな」とも思ったが、先を急ぐ。

 

宗谷岬は、平成6年12月以来26年ぶり3回目。
前回は風が強く、外を歩く気にはなれなかったことを思い出す。
今回は穏やかな晴天で、温度はマイナス3℃ぐらいだが風はほとんどない。
海には流氷が浮かんでいる。

 

絶好の日和なのだが、宗谷岬の碑のすぐそばに、三脚を立てたおっさんが構えている。
「あれ、何とかならないですかね」と私がいうと、
「あの雰囲気は肝が据わっているだろうから、さわらないほうがいいですよ」と田中さん。

 

2人がクルマで朝食をとっているうちに、「日本最北端の地」の碑のそばまで行ってきた。
「どんなおっさんなんだろう」と思って近づくと、何と若い女性だった。
おっさんぽく見えたのは、着ぶくれしているからのようだった。
「流氷を撮っているんですか」と私が尋ねると、
「あと、海鳥も」と若い女性。
「こんなところでしっかり三脚を構えて写真を撮っていると、ひんしゅくを買いますよ」
と言ってもよかったが、続けていると誰かが言うことだろう。

 

おっさん風の若い女性は、肝が据わっているからではなく、
経験が少ないから最北端で海鳥を追いかけているような感じだった。

3人が目指す 漁村の廃村 峰岡(みねおか)は、宗谷岬から南東約10劼両貊蠅砲△襦

 

 

 画像1: 宗谷岬と流氷とおっさん
     確かに肝が据わっているように見える。

 

 

 画像2: 宗谷岬と流氷と間宮林蔵像
     間宮林蔵は、ここにいてもいい。よく見ると碑の裏手におっさんのカメラが写っている。

 

 

 画像3: 宗谷岬と流氷と「日本最北端の地」の碑
     おっさんが碑に隠れる場所は逆光のポジションだったが、まずまず雰囲気が出た。

 

 (2020年3月7日(土)午前6時55分頃)
 

稚内・みどり湯ゲストハウス

  • 2020.03.12 Thursday
  • 07:20

令和2年3月上旬、北海道・宗谷の廃校廃村探索、
初日の宿「みどり湯ゲストハウス」は、稚内市街 大黒3丁目バス停から
歩いて10分ほどの場所にある。

 

バス停そばのセイコマで買い物をして、宗谷本線の踏切を渡り
ゆるやかな坂を上ると、やがて左手に宿が見えた。
みどり湯は夜9時までということで、風呂には入れなかったが、
とにかく稚内までたどり着けてよかった。

 

 

 画像1: 南稚内駅 南側400mほどの踏切

 

 (2020年3月6日(金)午後10時45分頃)

 

 

 画像2: みどり湯ゲストハウスでママに写真を撮っていただく

 

 (同 午後11時頃)

 

 

 画像3: みどり湯ゲストハウス・銭湯の2階にある

 

 (翌 3月7日(土)午前5時35分頃)
 

 

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