兵庫県香美町(旧香住町) 本見塚(その4)

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    平成28年10月9日(日)、兵庫県但馬の廃村、本見塚(もとみづか)への旅、 
    小さな峠を越えてしばらく進むと視界が開けて、
    午後2時頃、T字路から1時間弱で本見塚に到着した。

     

    本見塚の明治24年の戸数は21戸・120名。
    大阪営林署の事業所があり、山仕事を生業とした暮らしがあったが、
    地すべり地域の指定があって個別の移転が進み、
    昭和43年、最後の2戸が集落を離れた。

     

     

     画像1 「地すべり防止区域」の案内板

     

     

     画像2 往時の土蔵が残されていた

     

     

     画像3 人の気配が感じられる水道

     

     (2016年10月9日(日)午後2時20分頃)
     


    兵庫県香美町(旧香住町) 本見塚(その3)

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      平成28年10月9日(日)、兵庫県但馬の廃村、本見塚(もとみづか)への旅、 
      興味の対象は、何といっても分校跡である。

       

      本見塚の分校は「土本分校」といって、手前の集落 土生(はぶ)と本見塚の間に位置したが、
      その場所が本見塚地内のため、本見塚は廃校廃村として取り扱っている。

       

      奥佐津小学校土本分校は、へき地等級2級、児童数6名(S.34)、明治7年開校、昭和40年閉校。
      五万地形図(香住、S.45)に文マークは記されていないが、
      事前の調べで分校跡は入口T字路−本見塚間、進行方向左手にあることがわかっていた。
      気をつけながら歩いていると、コンクリ造りの水槽が残る平地が見つかった。
      他は概ね斜面だったので、「ここが分校跡ではないか」と推測した。

       

       

       画像1 入口T字路−本見塚間のダート

       

       

       画像2 コンクリ造りの水槽が残る平地

       

       

       画像3 水槽の側面には「水」と刻まれた

       

       (2016年10月9日(日)午後1時45分〜3時5分頃)


      兵庫県香美町(旧香住町) 本見塚(その2)

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        平成28年10月9日(日)、兵庫県但馬の廃村、本見塚(もとみづか)への旅、
        カヤノからはR.178まで戻って、クルマを土生に向かって走ったが、
        途中あるはずの本見塚入口のT字路は見当たらず、そのうちに土生トンネルが見えてきた。
        この区間(香住−豊岡間)のR.178は主要道で、交通量もそこそこある。

         

        トンネル手前で折り返して向かった本見塚入口のT字路は、新道の建設で旧道となっていた。
        そして、本見塚に向かう未舗装道の路面は荒れていた。
        T字路から本見塚まではおよそ2km、
        「クルマを置いて行くしかないっしょ」と言って歩いて向かったが、
        keikoは気が進まなかったことだろう。

         

         

         画像1 本見塚入口のT字路付近のR.178旧道の橋
             その先、進めそうな感じではない。

         

         

         画像2 本見塚入口のT字路
             向こうにR.178新道のガードレールが見える。

         

         

         画像3 本見塚に向かう未舗装道
             行けるのかもしれないが、安全を考えると
             歩いたほうが無難である。

         

         (2016年10月9日(日)午後1時30分〜3時20分頃)


        兵庫県香美町(旧香住町) 本見塚(その1)

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          平成28年10月9日(日)、起床は朝6時。天気は雨のち曇り時々晴。
          智頭急行山郷駅そばの宿を出て、鳥取駅でクルマを借りて
          兵庫県但馬地方の廃村 本見塚(もとみづか)へと出発したのは朝9時30分。
          途中,居組駅,浜坂市街の土産物店,余部鉄橋跡,鎧駅に立ち寄ったが,
          「賑やかな場所よりも静かな場所のほうがいいな」と,
          今更ながら思ったりした。

           

          本見塚の枝村カヤノは,佐津川上流域,R.178からわかりにくい枝道を
          1kmほど入った場所にある。
          訪ねてみると道のどん詰まりに民家が構えていたが,人の気配はなかった。
          本見塚に向かう道には車止めと「立入禁止」の札がなされていて,
          その荒れかたを見て,すぐに引き返した。
          橋の向こうの家々も見に行ったが,やはり人影はなかった。
          カヤノには長らく3戸の暮らしがあったが,常住される方はいない様子だった。

           

           

           画像1 車止めで閉ざされたカヤノ−本見塚間の道

           

           

           画像2 車止めの先の道は、ひたすら草に埋もれていた

           

           (2016年10月9日(日)午後1時頃)


          兵庫県豊岡市(旧日高町)金山 (その6)

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            兵庫県但馬の廃村、金山(きんざん)への旅、
            駐車場までの帰り道、不動尊のお堂を過ぎたあたりで、
            黒い猟犬のようなものが見下ろした先の道の
            落ち葉の中を横切っていった。

             

            猟期にはまだ早く、大きさから考えるとクマに違いなさそうだ。
            私は小声で「クマを見たで」とkeikoに話すと、
            「この山の中やからなあ」との返事がきた。
            これほど厳しい山中とは思っておらず、熊鈴は持っていなかった。
            その後の山道は、なるべく賑やかに声を出すよう心がけた。

             

            金山を訪ねて「廃村千選」の累計訪問数は503か所となり、
            関西41か所全訪が達成された。

             

             

             画像1 金山集落跡に落ちていた、おそらく往時のラーメン鉢

             

             

             画像2 不動尊のお堂を過ぎたあたりで見かけた
                 お地蔵さん
                 改めて、道中の無事を祈る

             

             (2016年10月10日(月祝)午後12時30分〜1時頃)
             


            兵庫県豊岡市(旧日高町)金山 (その5)

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              兵庫県但馬の廃村、金山(きんざん)への旅、
              標高510m、駐車場から1時間40分も歩く山の中にして、
              集落跡は整備されている。

               

              歴史を記した案内板や四阿があって、
              分校跡、往時の生活道など、わかりやすく残っているので、
              廃村の雰囲気を味わうには、よい場所と言える。

               

              「ここがよいでしょう」と、分校跡入口、四阿のそばで
              keikoと新年の賀状用の集合写真を撮った。

               

               

               画像1:廃村・金山の歴史を記した案内板


               

               画像2:分校跡の石垣と四阿

               

               

               画像3:分校跡入口をバックに集合写真を撮る
                   (賀状で使わなかったバージョン)

               

               (2016年10月10日(月祝)正午〜12時30分頃)


              兵庫県豊岡市(旧日高町)金山 (その4)

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                兵庫県但馬の廃村、金山(きんざん)への旅、
                家屋跡の敷地がはっきりわかる集落跡を探索すると、
                五右衛門風呂の風呂釜が見られた。

                 

                集落跡は整えられていて、風呂釜は「集落があったこと」を伝えるために
                残されているように見えた。

                 

                 

                 画像1:五右衛門風呂の風呂釜(その1)
                     一升瓶が入っている

                 

                 

                 画像2:ミシンのような機械
                     横にがいしが転がっている

                 

                 

                 画像3:五右衛門風呂の風呂釜(その2)
                     空き缶が入っている
                     拾っておいたほうがよかったかもしれない

                 

                 (2016年10月10日(月祝)正午〜12時30分頃)


                兵庫県豊岡市(旧日高町)金山 (その3)

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                  兵庫県但馬の廃村、金山(きんざん)への旅、
                  石積みの階段がある橋を渡って集落跡に到着したのは正午前。
                  駐車場からは1時間40分で着くことができた。

                   

                  三方小学校金山分校は,へき地等級4級,児童数6名(S.34),昭和32年開校,昭和37年閉校。
                  分校跡の木造校舎は、永らく朽ちながらも残っていたが
                  今は崩れて、校地の一角に廃材が集めらせていた。

                   

                   

                   画像1:石積みの階段がある橋

                   

                   

                   画像2:金山集落跡の小径

                   

                   

                   画像3:金山分校跡地(廃材が集めらせている)

                   

                   (2016年10月10日(月祝)午前11時55分〜12時30分頃)


                  兵庫県豊岡市(旧日高町)金山 (その2)

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                    月照滝を過ぎて、危うくて急な山道を上り詰めると、不動尊のお堂が建っており、
                    その先には発電所の施設があった。

                     

                    金山入口の三差路を過ぎると,規模の大きな棚田跡の石垣があった。
                    およそ集落があったとは思えない山中だが,この石垣は確実に後世に残ることであろう。

                     

                     

                     画像1:金山へ向かう山道の途中に建つ、不動尊のお堂

                     

                     

                     画像2:すぐそばに阿瀬川の源流が流れる棚田跡の石垣

                     

                     

                     画像3:金山入口−金山廃村間の道標

                     

                     (2016年10月10日(月祝)午前11時15分〜11時45分頃)


                    兵庫県豊岡市(旧日高町)金山 (その1)

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                      平成28年10月10日(月祝)、起床は朝6時。天気は晴時々曇り。
                      城崎温泉の宿の朝食には、地魚のカレイとハタハタが焼き魚として出てきた。
                      城崎からは円山川沿いの道を走り、豊岡市街を通過し、
                      江原からは阿瀬渓谷の案内板をたどり金山へと向かった。
                      阿瀬渓谷は紅葉の名所だが、シーズン前の駐車場にクルマは2台だけだった。

                       

                      駐車場から阿瀬渓谷を経て金山まではおよそ2.5kmだが、
                      標高差がある山道なので「1時間半はかかる」と予想した。
                      山道になってすぐの場所で、3人組の山歩きの方とすれ違い、
                      「ちわっ」とご挨拶したが、それより奥では誰にも出会わなかった。
                      「たいへんな道やなあ」と言いながら、keikoは付き合ってくれた。
                      ただ、見応えがある滝をはじめ、風景を楽しむ余裕はなかったそうだ。
                      月照滝を過ぎたあたりでは道を見失いそうになるほど荒れていた。

                       

                       

                       画像1:阿瀬渓谷の案内板(駐車場付近)
                           右上隅に「金山廃村」が記されている

                       

                       

                       画像2:思案橋の三差路
                           橋を渡って左側の道は「若林廃村」へと続く

                       

                       

                       画像3:道中の月照滝
                           「金山廃村」まではまだ1劼曚匹△

                       

                       (2016年10月10日(月祝)午前10時30分〜11時頃)

                       


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