愛媛県今治市 四阪島(その2)

0

    平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり、四阪島洋上観察、
    家ノ島(鉱区)の北側の海岸を見てから、
    二つの島が地続きになった場所にある、四阪港(表の港)に入った。
    洋上観察とはいえ、二度の空振りを経て三度目で来ることができ、嬉しく思った。

     

    四阪島は、今治港から15辧⊃卦鑄郵舛ら20劼硫合に浮かぶ五つの島の総称で、
    明治28年(1895年)別子銅山精錬所の煙害対策のため住友が買収し、精錬所建設に着手、
    精錬所は明治38年から昭和51年まで、72年間稼働した。
    最盛期(大正末頃)の人口は5,500人を数えたが、
    昭和52年(1977年)、一部の関係者を除いて四阪島に住む方はいなくなった。
    昭和62年、住民登録人口がゼロになった。

     

    別子学園四阪島小学校(私立)は、児童数688名(S.34)、
    明治34年開校、昭和36年公立へ移管、昭和52年閉校、閉校年度の児童数は100名。
    四阪島中学校(私立)は、生徒数219名(S.34)、
    昭和22年開校、昭和36年公立へ移管、昭和52年閉校、閉校年度の生徒数は65名。
    美濃島の居住区は、主に港からの坂道を上がった島の中にあり、
    学校は島のいちばん高所(標高112m)付近にあった。

     

    港からは、日暮別邸(迎賓館)と病院跡を観察することができた。
    港に人の姿はなく、ゆっくり観察できたが、
    比岐島で感じたものと共通する、それとない緊張感があった。

     

    美濃島の裏手には、海辺に建つRC造4階建て鉱員住宅の廃墟が存在感を醸し出していた。
    高台にもいくつか建物が見当たったが、あまり存在感はなかった。
    「鉱員住宅は残っていない」と言われる四阪島だが、
    海辺の4階建て鉱員住宅の廃墟は、取り壊されない限り、
    島に暮らしがあったことを伝え続けることなのだろう。

     

     

     画像1 四阪島・美濃島の風景(その1)
          左に日暮別邸、右に病院跡が見える。
          島の病院は、勤務者向けに昭和61年まで診療を続けた。

     

     

     画像2 四阪島・美濃島の風景(その2)
          日暮別邸は、新居浜市街に移築されることが決まっており、
          平成30年9月が工事完了目標という。

          四阪島にあるうちに見ることができたのは大きな収穫だった。

     

     

     画像3 四阪島・美濃島の風景(その3)
          鉱員住宅は1階に8戸だがら、32戸が入居していたことになる。
          洋上から見た居住区の感じは、軍艦島とは大きく異なっていた。

     

        (2017年4月9日(土)午後1時5分頃)


    愛媛県今治市 四阪島(その1)

    0

      平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり、
      2番目の目的地、四阪島(しさかじま)には比岐島から海路を8辧
      30分ほどで到着した。

       

      まず住友のリサイクル工場がある家ノ島(鉱区)から入り、
      時計回りにかつて家々があった美濃島(居住区)のほうへと進んだ
      家ノ島の海岸沿いの崖が黒っぽいのは、
      精錬所時代の銅鉱石のカラミでできているかららしい。

       

      島には「上陸禁止」「崩落注意接近危険」といった看板が目立つ。
      日曜日のせいなのか、工場に人の気配はなかった。

       

       

       画像1 四阪島の遠景
            大まかにいって左側が家ノ島、右側が美濃島。
            精錬所は昭和51年に休止したが、家ノ島には平成25年まで

            精錬所時代の大煙突(高さ71.5m)が立っていた。
            船長によると、大煙突は天気の良い日は
            今治からでも見えるぐらいの存在感があったらしい。

       

       

       画像2 四阪島・家ノ島の風景(その1)
            カラミでできた人工的な海岸は、独特なものだ。
            曇り空のモノトーンがよく似合っている。

       

       

       画像3 四阪島・家ノ島の風景(その2)
            海上観察したところ、鉱区の感じは軍艦島とよく似ていた。

       

          (2017年4月9日(土)午後1時頃)


      愛媛県今治市 比岐島(その5)

      0

        平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり、比岐島の探索。 
        2時間半の探索の間、遊漁船潮風の船長は、船の中で鯛めし、鯛のあら汁を
        つくってくれていた。

         

        船長によると、潮風は船釣り(船の上での釣り)の船で、
        瀬渡し(島などへ上陸しての釣り)をする船は、別の免許がいるとのこと。
        釣りのお客さんの炊込みご飯は、釣れた魚をさばいてつくるが、
        海上作業など、釣り以外のお客さんも時々いて
        あらかじめ魚を用意するので、その分料金がやや高くなるとのこと。
        比岐島の探索を終え、穏やかな天気のもと、
        船着き場に座って食する鯛めしは、記憶に残る美味しさだった。

         

        比岐島出発は12時20分頃。島では瀬渡しの釣りの方以外は誰にも出会わなかったが、
        出航後の船上から、島の東側の海で仕掛け漁をしているHさん親子に、
        遠目からだがお会いすることができた。
        私は「おじゃましました」と、頭を下げてご挨拶した。

         

         

         画像1 比岐島の船着き場
              コンクリの船着き場の先に、潮風と船長が見える。

         

         

         画像2 比岐島を後にする
              島には昼食休みを含めて3時間滞在した。

         

         

         画像3 仕掛け漁をしているHさんの船
              お話はできなかったが、お会いできてよかった。

         

            (2017年4月9日(土)正午〜12時30分頃)
         


        愛媛県今治市 比岐島(その4)

        0

          平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり、比岐島の探索。 
          家々が固まる船着場のそばから離れ、おおむね西に向かって、
          行けるところまで島中を歩いてみた。

           

          集落のはずれには、「比岐発電所」という標札がある小屋があった。
          島には電気が通じておらず、自家発電が行われているという。
          扉を開けてみると、ディーゼルの発電機が備えられていた。

           

          島には広くミカン畑が広がっている。
          手入れされていない畑もあったが、整ったものもあった。

           

          島のいちばんの高所(標高58m)には、比岐島灯台が建っている。
          そばには三角点があるはずなのだが、3人がかりで探しても見当たらなかった。

           

           

           画像1 比岐発電所
                建物は新しかったが、標札は年期が入っていた。

           

           

           画像2 島のミカン畑へ続く道
                灯台の麓を過ぎて下りの道沿いになっても、延々と続いていた。

           

           

           画像3 比岐島灯台
                銘板には「初点 昭和50年3月 改築 平成27年2月」とあった。

           

              (2017年4月9日(土)午前10時〜11時頃)


          愛媛県今治市 比岐島(その3)

          0

            平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり。 
            比岐島の探索は2時間半。おおむね4人がそれぞれに動き、
            どこかで顔を合わせると、部分的に一緒に動くという感じだった。

             

            比岐島分校跡の隣には「三島神社」という扁額がある鳥居があって、
            くぐって山道を歩くと、3分ほどで社殿にたどりついた。
            高台にあるわりに展望はよくないが、社殿は新しく整っていた。
            脇には妙な顔をした狛犬が構えていた。

            神社裏の山手には、太陽光発電パネルと三角点があった。

             

            島の家屋は分校跡とHさん家、空き家が5軒ほど。
            Hさん親子は留守だったが、島を探索中に戻ってきて、漁に出られていった。

             

             

             画像1 三島神社の社殿
                  最初と最後にご挨拶に行った。

             

             

             画像2 神社裏の三角点
                  「大切にしましょう三角点 国土地理院」の標柱を伴っていた。

             

             

             画像3 比岐島の空き家
                  この家屋にはパラボラアンテナが見られた。

             

                (2017年4月9日(土)午前9時30分〜11時30分頃)
             


            愛媛県今治市 比岐島(その2)

            0

              平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり。 
              比岐島の分校跡は、船着場から見て向かって右側、7戸ほどの建物群の端っこにある。

               

              美須賀小学校比岐島分校は,へき地等級5級、児童数16名(S.34)、明治34年開校、昭和54年閉校。
              明治34年から大正14年までは義務教育免除地で、家庭教育場が置かれていた。

              美須賀中学校比岐島分校は,へき地等級5級、生徒数5名(S.34)、昭和30年開校、昭和57年閉校。
              小・中とも唯一の島民Hさんの御子息が最後の卒業生で、最終年度の児童・生徒数は1名だった。

               

              訪ねてみると、サクラの花を背負った木造平屋の校舎が建っていた。
              入口に立つトーテムポールは、「小さな島の分校めぐり」(本木修次著、ハート出版、1998)
              にも登場するが、校舎とともに現物を見ることはこれまでなかった。

               

              皆が校舎の中を探索しているとき、私は「ついに比岐島に来たなあ・・・」と思いながら、
              分校跡と向き合った岸壁に座って、校舎とトーテムポールを眺めていた。

               

               

               画像1 比岐島分校跡(その1)
                    校庭には大きなマツの木が生えている。
                    サクラはなぜか、校舎の裏手にあった。

               

               

               画像2 比岐島分校跡(その2)
                    防波堤から見ると、分校跡は緑に埋もれているように見える。

               

               

               画像3 比岐島分校跡(その3)
                    校舎の中には「中学校」の表札があった。

               

                  (2017年4月9日(土)午前10時頃)
               


              愛媛県今治市 比岐島(その1)

              0

                平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり。 
                最初に訪ねた島 比岐島(ひきじま)は、1戸3名、面積0.3平方kmの小さな島だが、
                広い海の中にポツンと浮かんでいるので、相応の存在感がある。

                 

                今治港からの距離は7辧△よそ25分で島に到着。
                唯一の島民Hさんは今治にも家を持たれており、比岐島の家は別宅なのかもしれない。
                5日前にご挨拶の手紙を出しておいたが、島に上陸したところお留守だった。

                 

                比岐島でまず感じたのは、個人宅に勝手に入ったような緊張感だった。

                 

                 

                 画像1 遊漁船潮風から見た比岐島
                      今治寄り(西側)から見たもので、南側にある集落は見えていない。

                 

                 

                 画像2 比岐島の船着場
                      家々は船着場のそばに集まって建っている。

                 

                 

                 画像3 比岐島の小道
                      自動車はもちろん、自転車も見当たらなかった。

                    (2017年4月9日(土)午前9時30分頃)


                今治港から瀬戸内の島々へ

                0

                  平成29年4月9日(日)、愛媛県の廃村めぐり。 
                  前日の山歩きから大きく様変わりして、この日は瀬戸内の島々を訪ねる。
                  伊予西条駅前のビジネスホテル、起床は朝6時頃。
                  天気予報では晴なのだが、外は雨が降っている。
                  心配しながら、大浴場に行って、朝風呂を楽しむ。

                   

                  7時半頃、ホテルのロビーで荒獅子さん、ふたつぎさん、おきのくにさんと合流。
                  クルマ3台で、30厠イ譴榛治港を目指す。

                  西条から今治港までの移動は50分ほど。壬生川の辺りで雨はあがった。
                  山を背負った西条よりも、海に近い今治のほうが天気は安定しているらしい。

                   

                  第3埠頭では、遊漁船潮風の船長が支度をしていた。

                  定員7名・屋根のない船で、7時間・50kmの長い船旅、「よろしくお願いします」と船長に挨拶した。

                   

                   

                   画像1 今治港第3埠頭
                        赤いゲート状の施設は、荷揚げに使われるものなのだろう。
                        手前には水たまりが見られる。

                   

                   

                   画像2 遊漁船潮風(その1)
                        港に着いたとき、船は埠頭から離れていて、
                        海の中で船長が作業をしていた。

                   

                   

                   画像3 遊漁船潮風(その2)
                        雨のときは、布製の屋根が広げられるようだが、たいへんなことになりそうだ。
                        曇でも十分満足しながら、今治港を出発する。

                   

                      (2017年4月9日(土)午前9時頃)
                   


                  ここは西条、地カラオケ(^^)

                  0

                    平成29年4月8日(土)、愛媛県の廃村めぐり。 
                    旧加茂小学校を出て、伊予西条駅前のビジネスホテルに到着したのは夕方5時35分。
                    時間に余裕があったので、大浴場に行って、汗を流してくつろいだ。
                    1時間後、ホテルのロビーで荒獅子さん、ふたつぎさん、おきのくにさんと合流。
                    駅近くの居酒屋の座敷で、瀬戸内の魚と地酒をたしなみながら、宴を楽しんだ。

                     

                    夜10時少し過ぎ、「どうしようかな」と若干迷いながらも
                    皆と分かれて、カラオケスナックを目指すことになった。
                    分かれてからまもなく、確か「瀬戸」という屋号のお店に入った。

                     

                    お店にはマスターがひとり。麦焼酎をロックで頼む。
                    メモをしたわけではないが、どんな様子だったかよく覚えているので、
                    唄った歌とともにまとめる。

                     

                    ◎1 夜明けのブルース/五木ひろし
                     愛媛県松山が舞台の平成24年のヒット曲。
                     作詞作曲のレーモンド松屋さんは西条の方ということで、この機会に

                     是非とも地元で歌っておきたかった。
                     地の歌は地で歌うのがいちばんだ(^_^;)

                     

                    ◎2 兄弟船/鳥羽一郎
                     店にはマスターと鳥羽さんのツーショット写真が飾ってあって、
                     「懇意にしている」とのことから、選曲した。
                     作曲の船村徹さんを偲びながら、初めて歌った。

                     

                    ◎3 河内のオッサンの唄/ミス花子
                     私の地元(大阪)の歌の中から、マスターの
                     「若い頃、松原で働いていたことがある」という声に応えて、この選曲になった。
                     セリフのところは焼酎を飲みながらスルーした(^^;)

                     

                    ◎4 千の風になって/秋川雅史
                     マスターと「西条でいい歌って、何かありますか」と話していて出てきたのがこの歌。
                     モニターでは秋川さんが湖のほとりで歌っていたが、
                     マスターによると「西条の黒瀬湖でロケをした」そうだ。

                     

                    ◎5 港町ブルース/森進一
                     全国各地の港の名前が出てくる「港町ブルース」は、旅カラオケの〆の定番だ。
                     愛媛県では「八幡浜」が出てくる。
                     「この港というのは、漁港なんやね」とマスター。
                     言われてみて、「なるほど」と思った。

                     

                    地酒、地醤油、地ポン酢は検索にかかるが、地カラオケはかからない。
                    2月の秋田に続いて、今年2回目の地カラオケ。
                    マイブームになるのだろうか?

                     

                     

                     画像 夜の伊予西条駅

                     

                        (2017年4月8日(土)午後11時45分頃)


                    愛媛県西条市 旧加茂小学校

                    0

                      平成29年4月8日(土)、愛媛県の廃村めぐり。 
                      旧寒風山トンネルには午後4時30分頃には戻り着いたが、天気がいま一つなので
                      3つ目の目的地 黒瀬本郷(黒瀬ダム水没地)行きは取りやめにした。

                       

                      帰り道、R.193沿いのサクラ並木がきれいだったことから、
                      旧加茂小学校へ立ち寄ることを思いついた。
                      基安鉱山が所在した西条市加茂地区は、昭和の大合併まで新居郡加茂村という自治体だった。
                      昭和10年の国勢調査人口は、2,398人とある。
                      荒獅子さんの故郷で、今も両親が住まれるという加茂地区だが
                      「今は、地区全体で140人しか住んでいない」とのこと。

                       

                      加茂小学校は、昭和47年 地区内の4つの小学校を名目統合し成立。
                      昭和48年 新校舎が落成(実質統合)、平成7年 西条市街の大町小学校に統合し閉校。
                      地区内の4つの小学校(2つの分校)の児童数(S.34)は、
                      千町小学校 123名、荒川小学校 56名、下津池小学校 69名、同吉居分校 13名、
                      中之池小学校 57名、同基安分校 59名だった(計377名)。

                       

                      西条市街(大町小学校)から加茂地区(旧加茂小学校)は、7辧淵ルマで15分ほど)しか
                      離れていないが、「これほど過疎が進むのか」と驚く現実がある。
                      獅子舞がある秋まつりは、まず地域の神社に奉納され、公民館でも行われるという。
                      どんな感じで行われるのか、少し興味が湧いた。

                       

                       

                       画像1 旧加茂小学校の校舎とサクラ
                            RC造2階建てのしっかりした校舎は、公民館として使われている。
                            新校舎落成の頃は苗木だったというサクラは、大きく育って花を咲かせていた。

                       

                       

                       画像2 「加茂小学校跡」の石柱
                            並んで「不屈の心」と刻まれた石碑が建っていた。

                       

                          (2017年4月8日(土)午後5時15分頃)
                       


                      calendar
                            1
                      2345678
                      9101112131415
                      16171819202122
                      23242526272829
                      30      
                      << April 2017 >>
                      PR
                      selected entries
                      categories
                      archives
                      recent comment
                      recommend
                      recommend
                      recommend
                      links
                      profile
                      search this site.
                      others
                      mobile
                      qrcode
                      powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM