記憶に残る廃村旅3 網取

  • 2020.08.12 Wednesday
  • 07:28

本日(2020年8月12日(水))付の「農業共済新聞」の7面に
「記憶に残る廃村旅3 網取(あみとり) 沖縄県竹富町」という記事が掲載されました。
3回目のタイトルは「『わが故郷アントゥリ』との出会い」です。

 

私はこの6月から、農業共済新聞を定期購読していて、
8つに折られた新聞が、週に4回届きます。
1面下方の「防風林」は、味があるコラムで
今回のテーマは食料自給率でした。
2019年度の食料自給率(カロリーベース)は38%とあります。

 

 

 画像:「農業共済新聞」1面(2020年8月12日(水)付)

 

北海道江別市 新野幌(その1)

  • 2020.08.12 Wednesday
  • 06:14

令和2年5月下旬、石狩・胆振の廃村探索、
新札幌駅から乗った北海道中央バスが もみじ台北3丁目バス停に到着したのは15時45分。
バス停の東側の丘には、野幌森林公園の森が広がっていた。

 

新野幌小学校は、へき地等級1級、児童数47名(S.34)、昭和23年開校、昭和41年閉校。
戦後開拓集落 新野幌は、昭和21年から23年にかけて野幌原始林に5つの地区に分かれて115戸が入植して成立。
しかし、営農の不振と都市近郊に残るまとまった原生林の保護のため、集落は全戸離村することになった。
離村時期は閉校年(昭和41年)と野幌原始林が道立自然公園に指定された年(昭和43年)の間ではないかと思われる。

 

五万地形図(江別、S.41)の文マークの場所は、野幌森林公園の真ん中のT字路の一角、もみじ台バス停からは3.3kmの場所にある。
北星学園附属高校を過ぎると車道は森に突入し、やがて「野幌森林公園 瑞穂口」駐車場にたどり着いた。

 

 

 画像1:新野幌の最寄り もみじ台北3丁目バス停 

 

 

 画像2:北星学園附属高校の背に野幌森林公園の森が広がる

 

 

 画像3:「野幌森林公園 瑞穂口」駐車場にたどり着く

 

 (2020年5月25日(月)午後3時45分〜4時頃)

 

新札幌駅

  • 2020.08.11 Tuesday
  • 06:11

令和2年5月下旬、石狩・胆振の廃村探索、
新千歳空港発の快速エアポートの車中で行程を計算したところ、往路の新札幌着が15時23分とすると、帰路の新札幌発18時23分で時間は大丈夫なことがわかった。

 

昭和56年8月、初めての北海道の旅、私は礼文島で左手の尺骨を骨折した。
稚内に着いてからも台風のためほぼ全道で鉄道が止まっていて、骨折後2泊目の宿泊地 豊富の国道40号で空色の傘を振りながら明治乳業のトラックをヒッチハイクした。
工場がある旭川永山で3泊目の夜を過ごした後、トラックを乗り継いて何とかたどり着いた列車が動いている駅が新札幌駅だった。

 

それ以来、足掛け40年ぶりに訪ねた新札幌駅だが、記憶との重なりはまったくなかった。
ロッカーに荷物を預けてから もみじ台団地行バスを探したが、バスターミナルは規模は大きくてややこしく、見つけたのはバス出発1分前だった。

 


 画像:新札幌駅バスターミナルに到着した もみじ台団地行バス

 (2020年5月25日(月)午後3時35分頃)

銭函−新千歳空港(どんでんがえし)

  • 2020.08.10 Monday
  • 06:25

令和2年5月下旬、石狩・胆振の廃村探索、
宿の前で、わんわんさん、空海さん、シカの頭骨とともに集合写真を撮って、ちいたびを出発したのは午後1時頃。
銭函から手稲に出て乗り換えた快速エアポートの車中では「夕方6時には浦和に戻ってるんだなあ」と、ぼんやりと車窓から広がる風景を見ていた。

 

しかし、思いがけない展開とはあるものだ。
新千歳空港で保安検査場を通ろうとしたところ、「15時の便は欠航です」とのこと。
どうも、本来13時30分の便だったところ、私が15時の便と勘違いしていたようだ。
しかも、代替便は「19時30分になります」とのこと。
「どうしようか」と思ったが、とっさに「新札幌まで戻り、新野幌をめざすのがよい」と思いついた。
もしも代替便が18時30分だったら無理な話で、19時30分は微妙なところだ。

 

 

 画像1:ちいたびの前で集合写真を撮る
     旅を振り返ったら
     「笑うというのはよいことだ」と、しみじみ思った

 

 

 画像2:銭函駅の駅名標
     とっさに撮っていたらしい
     ちなみに、新千歳空港の写真はない

 

 (2020年5月25日(月)午後1時〜1時5分頃)
 

小樽内−樽川海岸(帰路)

  • 2020.08.09 Sunday
  • 05:56

令和2年5月下旬、石狩・胆振の廃村探索、
小樽内から樽川には、主に浜辺を歩きながら戻った。
わんわんさんは「何か金目のものは落ちていないかなー」と言っていたので、心当たりを考えたところ、材料としての流木が頭に浮かんだ。
探索はおよそ3時間、歩いた距離は計6辧∧数で訪ねることができ、充実した探索となった。

何より、荷物を背負って歩かなくてよかったのはありがたかった。
わんわんさん、ありがとうございます。

 

当初、たとえば樽川六線にゲートがあって先に行けなかったとしたら、サクサクと手稲山口団地バス停まで歩いて、「手稲発9時57分の電車に乗れたら、新札幌で下車して新野幌を訪ねよう」という青写真を描いていた。
充実した探索ができたことで、次善の策的なこの青写真は白紙になったはずだった。

 

 

 画像1:小樽内−樽川海岸(その1)
     意外なことに、風車はすぐそばまで近づける

 

 

 画像2:小樽内−樽川海岸(その2)
     色調を補正したら、妙に良い感じになった

 

 (2020年5月25日(月)午前10時頃)

 

北海道小樽市 小樽内(その3)

  • 2020.08.08 Saturday
  • 10:35

令和2年5月下旬、石狩・胆振の廃村探索、
小樽内での注目ポイントは3点あった。

 

まず、新川に架かる橋(小樽内橋)だが、空中写真で見たとおり、真ん中が切れた形になっていた。
次に国道から新川沿いの新川マリン(事業所)へと続く車道だが、国道側にゲートがあるのは行きに確認した。
ゲートを越えて歩いても面白くはなさそうだ。
そして3つ目が小樽内集落跡へ続く道。
小樽内橋、新川マリンそばのけもの道からアプローチをかけたが、藪に阻まれて現地にたどり着くことはできなかった

 

 

 画像1:小樽内・新川に切れた橋(小樽内橋)が架かる

 

 

 画像2:絵にはならない新川マリン(事業所)

 

 

 画像3:小樽内集落跡へ続く道は、藪になっていた

 

 (2020年5月25日(月)午前9時40分〜9時50時頃)

 

北海道小樽市 小樽内(その2)

  • 2020.08.07 Friday
  • 07:06

令和2年5月下旬、石狩・胆振の廃村探索、
4つの風車のそばを過ぎ、新川河口そばの湖までは1時間かかった。
湖のほとりで夏の花かと思っていたハマナスの赤い花に出会えて、私はとても嬉しかった。

 

ちなみに、樽川、小樽内は、閉村の頃(昭和48年),石狩管内石狩町から後志管内小樽市に移管編入されたという変わり種で、
樽川墓地は、石狩市が管理している。

 

 

 画像1:樽川海岸から1時間がかりで新川河口そばの湖までたどり着く

 

 

 画像2:湖のほとりで、ハマナスの赤い花に出会った

 
 (2020年5月25日(月)午前9時20分〜9時30時頃)

 

記憶に残る廃村旅2 越波

  • 2020.08.06 Thursday
  • 07:25

昨日(2020年8月5日(水))付の「農業共済新聞」の7面に
「記憶に残る廃村旅2 越波(おっぱ) 岐阜県本巣市」という記事が掲載されました。
2回目のタイトルは「元住民との語らいのひととき」です。

 

農業共済新聞は、1部売り、店頭販売はないのですが、
> 全国のJAの支所、農業会議所などに置いていて、
> 読めることがある
ようです。
私も旅先などで、JAに立ち寄って確認しようと思います。

 

 

 画像:「農業共済新聞」1面(2020年8月5日(水)付)
 

北海道小樽市 小樽内(その1)

  • 2020.08.06 Thursday
  • 07:04

令和2年5月下旬、石狩・胆振の廃村探索、
もうひとつの目的地 小樽内(おたるない)は、銭函4丁目、新川河口付近にある。
墓地の近く、海岸線へと向かう道(樽川六線)の入口でわんわんさんと相談したところ、「面白そうだから一緒に行きましょう」となった。
これはとてもありがたい。


7分ほど歩いて着いた海岸からは大きな風車が左右に見えたが、特に柵は見当たらなかった。

海岸から少し入った砂地の小道を歩くと、行く手には「集落があった頃からの原生林」という感じの風景が広がっていた。
ときとき咲いている花々を見ながら、「こりゃ新たな発見だ」とわんわんさん。
私もこんなに自由な雰囲気の場所とは思えなかった。

 

 

 画像1:樽川の海岸から小樽内方面、大きな風車を眺める 

 

 

 画像2:樽川−小樽内間、起伏がある砂地の小道を歩く

 

 
 画像3:風車を過ぎると、山口の清掃工場が見えてきた
     (人物はわんわんさん)

 

 (2020年5月25日(月)午前8時25分〜9時15時頃)

 

北海道小樽市 樽川

  • 2020.08.05 Wednesday
  • 06:28

令和2年5月下旬、石狩・胆振の廃村探索、
探索3日目、ちいたびでの起床は朝6時頃。2階の窓には朝陽が差した。
予定よりもやや早めに朝食をとり、わんわんさんの軽四に乗って宿を出発したのは朝7時30分頃。
銭函5丁目(樽川の現地名)まで向かう国道337号、手稲山口団地あたりでは、通勤で石狩新港に向かうクルマの列で軽い渋滞があった。

樽川から手稲山口団地のバス停までは4劼曚鼻「ここにバス停があるんだなあ」とチェックした。

 

樽川小学校は、へき地等級1級、児童数122名(S.34)、明治20年開校、昭和48年閉校。
学校跡近辺は石狩新港工業地域になっており、パイオニアジャパンという会社の社屋を目印とした。
心当たりの場所を訪ねてみると、工業団地に混じって四角い更地となった区画もあった。
パイオニアジャパンは区画の一部を占めるだけで、他にコスモジャパン、まんゆう、やま道の里など数社の名前があった。
訪ねてみて、想像よりも敷居が低かったことに驚いた。

 

続いて樽川墓地を訪ねると、思ったよりも規模が大きく、新しい墓石に混じって渋い色の古い墓石も見当たった。

 

 

 画像1:樽川・工業団地と四角い更地が入り混じっていた

 

 

 画像2:学校跡特定のための目印にしたパイオニアジャパン

 

 
 画像3:樽川墓地・新しい墓石に混じって渋い色の古い墓石も見られた

 

 (2020年5月25日(月)午前7時55分〜8時15時頃)

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