丹後半島の廃村に行ってきました

  • 2019.07.16 Tuesday
  • 07:21

令和元年7月中旬、京都府・丹後半島の廃村に行ってきました。
訪ねた廃村は、京丹後市 味土野(みどの、再訪1か所)、
メンバーは、私と小山さん(京丹後在住の研究つながりの方)のふたりです。 
味土野は、細川ガラシャ夫人(明智光秀の三女)ゆかりの地でもあります。
明智光秀といえば、来年の大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公。
これから何かと話題になりそうです。

 

17年ぶりに訪ねた味土野には、10台ほどのクルマが停まっていて、
「何なんだろう」と思ったら、ガラシャ夫人の碑の前では、
地域のカトリック教会の集いが催されていました。
今はわずかに新たな住民の方が住まれるだけの味土野ですが、
元住民の方が通って耕す畑が広がっています。
梅雨明けが待ち遠しいこの頃、一足早い晴天の下、
心地よい廃村探索を行うことができました。

 

 

 画像1:味土野・「細川忠興夫人隠棲地」の碑

 

 

 画像2:元住民の方が通って耕す畑

 

 

 画像3:昭和59年建立の「味土野之跡」の碑

 

 (2019年7月15日(月祝)12時45分〜午後2時頃)

 

福井県大野市(旧和泉村) 荷暮

  • 2019.07.12 Friday
  • 06:50

令和元年5月GW、福井県の廃村探索、
小谷堂(こたんどう)に続いては、この日最後の目標 九頭竜湖の一部となった荷暮川沿いの林道が走る荷暮(にぐれ)に出かけた。
非水没地のため、集落の方々が電源開発(ダム管理会社)から土地を借りて作業小屋を作り、「ふる里の家」を建て、平成7年には再び電気が通じたという特徴がある歴史をもつ。


平成16年秋以来、15年ぶりに再訪した荷暮では、偶然ふる里祭りの人達に出会った。
日進小学校荷暮分校はへき地等級2級、児童数39名(昭和34)、明治13年開校、昭和41年閉校。
分校跡は集落内の橋よりも下流側にあり、「雨量観測所の場所かも」と思ったが、はっきりとはわからなかった。
しかし、会話があったおかげで、神社跡を訪ねることができた。
集いには、子供達も含め60名の参加があったという。

 

 

 画像1:ふる里祭りが行われていた「ふる里の家」と「荷暮乃里」碑 

 

 

 画像2:学校跡近辺の平地に建つ雨量観測所

 

 

 画像3:神社跡に続く石段

 

 

 画像4:多数の作業小屋が建つ荷暮の遠景

 

 (2019年5月3日(金祝)午後2時10分〜2時30分頃)

 

福井県大野市(旧和泉村) 小谷堂

  • 2019.07.11 Thursday
  • 06:57

令和元年5月GW、福井県の廃村探索、
午後の部は旧和泉村に入り、まず石徹白川沿いの県道(127号 白山中居神社朝日線)が走る小谷堂(こたんどう)に出かけた。
手前にある石徹白ダムの規模は小さいが、『角川地名大辞典 福井県』に「昭和38年からの九頭竜川電源開発事業に伴い全住民が離村した」とあり、離村時期は九頭竜ダム建設関連の集落と同時期(昭和41年頃)なので、「廃村千選」では小谷堂をダム建設関係の廃村としている。

 

小谷堂にあった朝日小学校宮前分校は、へき地等級3級、児童数10名(S.34)、明治37年開校、昭和41年閉校。
分校跡は「小谷堂」地名案内板がある十字路の北東にあったと思われるが、付近の探索で見つけたものは石垣と建物の基礎らしきものぐらいで、分校にかかわるものは何も見出せなかった。

 

 

 画像1:小谷堂・集落跡に建つ地名案内板

 

 

 画像2:集落跡を通る県道127号 白山中居神社朝日線

 

 

 画像3:集落跡で見つけた、石垣と建物の基礎らしきもの

 

 (2019年5月3日(金祝)午後1時〜1時15分頃)
 

福井県大野市 小池(その2)

  • 2019.07.10 Wednesday
  • 06:04

令和元年5月GW、福井県の廃村探索、
小池では、公園の管理者 Kさんから「そこの建物は往時の出作り小屋」、「上小池駐車場のそばには昔からの石垣がある」など、いろいろなことを教えていただいた。
おかげで、整った公園の中、ほのかに集落跡のことを思い浮かべることができた。

 

上小池駐車場も訪ねたが、時間が押し気味のことが気になってきたので、昔からの石垣との画像を崩れかけた家屋の画像を撮ると、すぐに先へとクルマを進めた。

 

お昼は上打波地内、鳩ヶ湯で温かいそばを食した。
鳩ヶ湯は昔ながらの山の宿かと思っていたら、綺麗にリニューアルされており、くつろぐにはよい場所だった。
私が「温泉につかってゆっくりできるような旅をしたい」と話すと、妻は「十分ぜいたくな旅やと思うで」と答えた。
 

 

 画像1:小池(下小池)・往時の出作り小屋が残る

 

 

 画像2:上小池・駐車場にヤマザクラが咲く

 

 

 画像3:昔からの石垣は、駐車場のすぐ先の山道沿いにあった

 

  (2019年5月3日(金祝)午前10時50分〜11時10分頃)
 

福井県大野市 小池(その1)

  • 2019.07.09 Tuesday
  • 07:02

令和元年5月GW、福井県の廃村探索、
上打波(木野)に続いて訪ねた小池(こいけ)は県道の行き止まり、白山国立公園内にあり、集落跡は市営の公園(小池公園)になっている。

 

打波小学校小池分校は、へき地等級4級、児童数5名(S.34)、明治38年開校、昭和36年休校(この時期に離村)、同38年閉校。
下小池駐車場にクルマを停めて公園内を歩いたが、分校跡がどこなのかはさっぱりわからない。
幸い、公園の管理者(Kさん)に会うことができたので、ご挨拶をして分校について尋ねると、Kさんは小池出身の方で、「分校は下小池駐車場対面の四阿よりも少し上手にあった」と教えていただいた。

 

 

 画像1:小池・集落跡は公園になっている

 

 

 画像2:大きな管理棟が建つ

 

 

 画像3:分校は四阿よりも少し上手にあった  

 

 (2019年5月3日(金祝)午前10時40分〜11時頃)
 

福井県大野市 上打波(その2)

  • 2019.07.08 Monday
  • 06:22

令和元年5月GW、福井県の廃村探索、
上打波(木野)にあった打波小学校は、へき地等級2級、児童数72名(S.34)、明治7年開校、昭和48年休校、同50年閉校。
ゼンマイを干すおばあさんにご挨拶をしてうかがったところ、「作業小屋が建つ平地が学校跡」と教えていただいた。

 

学校跡に着き、「何か痕跡はないかなあ」と見渡したところ、コンクリ造りの二宮金次郎像が見つかった。
これで学校跡とわかったため,小屋のそばで作業をする男性に確認の声はかけなかった。
木野から橋を渡ってすぐ(字名は桜久保)にある白山神社では、癖のある石段が印象に残った。

 

 

 画像1:上打波・学校跡に残る二宮金次郎像

 

 

 画像2:二宮金次郎像は、潜むように建っている

 

 

 画像3:学校跡周囲の石垣で見かけたお地蔵さん

 

 

 画像4:白山神社・癖のある石段(拝殿には右側から回り込んで行く)

 

 (2019年5月3日(金祝)午前9時45分〜10時頃)

 

福井県大野市 上打波(その1)

  • 2019.07.07 Sunday
  • 07:29

令和元年5月GW、福井県の廃村探索、
嵐に続いては、県道に戻って冬季無住集落 上打波(かみうちなみ)を訪ねた。
上打波はこの地域の大字名で、字名は木野(この)になる。

 

県道は狭い場所もあるが概ね走りやすく、鳩ヶ湯など観光施設もあるので時々クルマも走る。
上打波にたどり着くと、ハナモモの花が迎えてくれた。
集落には、市営バスの木野バス停があって、確認すると「11月17日〜翌4月24日は運休」と記されていた。

 

 

 画像1:上打波・ハナモモが咲く県道沿いの風景

 

 

 画像2:冬季を除いて運行される市営バスの木野バス停

 

 (2019年5月3日(金祝)午前9時45分〜10時頃)
 

福井県大野市 嵐(その2)

  • 2019.07.06 Saturday
  • 08:05

令和元年5月GW、福井県の廃村探索、
打波小学校嵐分校は、へき地等級2級、児童数6名(S.34)、明治11年開校、昭和45年閉校。
分校跡には往時の校舎が残っているというが、3戸の家屋はどれも民家に見える。
そのうちに地域の方の軽トラが走ってきたので、ご挨拶をして分校について尋ねたところ、「700mほど上手の集落跡に残っている」と教えていただいた。

 

訪ねてみると、枝道を入った高台に校舎が見つかり、その横には神社の社殿が建っていた。

 

 

 画像1:嵐・車道から見上げた分校跡校舎

 

 

 画像2:分校跡校舎は枝道を入った高台に建っている

 

 

 画像3:校舎の横に建つ神社の社殿

 

 (2019年5月3日(金祝)午前9時5分〜9時20分頃)
 

福井県大野市 嵐(その1)

  • 2019.07.05 Friday
  • 06:32

令和元年5月GW、福井県の廃村探索、
大野市街を出発したのは朝8時頃。
まず下打波の先、打波川沿いの県道(173号 上小池勝原線)から嵐谷に入った嵐(あらし)に出かけた。

 

県道は、下打波より先は冬季通行止で、嵐、上打波(木野)は昭和51年頃には冬季無住化している。
頼りない道は嵐谷沿いの道に入るとさらに頼りなくなったが、たどり着いた集落には3戸の家屋が建っていた。
うち2戸は維持管理されていて、耕された畑が見られ、色とりどりの春の花が咲いていた。

 

 

 画像1:嵐に建つ、維持管理された斜面下方の家屋

 

 

 画像2:耕された畑と、斜面を見上げた先の風景

 

 

 画像3:上方の家付近から、斜面を見下ろした風景

 

 (2019年5月3日(金祝)午前8時40分〜9時頃)

大野市街を歩く

  • 2019.07.04 Thursday
  • 07:06

令和元年5月GW、福井県の廃村探索、
旅2日目、起床は朝5時30分頃。ホテルの部屋で朝食をとった後、城下町 大野の朝市に出かけた。
公園にシバサクラが咲く大野市街を歩くと、市街に高層マンションがなく、離れていても5階建てのホテルが目立っていることに気がついた。

 

 

 画像1:大野市街・越美北線の踏切から大野城を遠望する

 

 

 画像2:市街地には、昔ながらの旅館がいくつかある

 

 

 画像3:寺町通りがある辺りの市街地は、碁盤の目の町づくりがなされている

 

 (2019年5月3日(金祝)午前7時10分〜7時35分頃)

 

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